勇者のための四重唱


勇者と40人の盗賊 8

 アドルとの戦いで手一杯なのであろう。ウーヴェは、殆どの手下に対し、命を下していない。だから、エドが盗賊達の中に入り込んでも、彼らは微動だにしなかった。マテーウスもナータン達を使っていたが、今、エドを追うのに他の者達を使うことはしていない。彼らが支配できるのは『班員』だけなのだろう。

 エドは、多少迂回しながら、一箇所を目指していた。眼が見えなくても、進む方向と戦闘が行われている方向は、音で分かる。エドは気配を消して進んだ。問題なのは、マテーウスも気配を人に紛れさせてしまったことだ。どこにいるのか、分からない――おそらく、互いに。

 人の林を抜けて、エドは壁にたどり着いた。頭上には、バルコニーがある。薄眼を開けてみたら、大分視界ははっきりしてきていた。エドはバルコニーが見える位置まで後退し、人ごみに紛れている最中に背中のサックから取り出していた、フックつきのロープを構えた。軽く振りかぶって、ロープを投げる。先端にあるフックが手すりに絡みついた。

「よし」

 とは言わない。エドは、気付きませんようにと祈りながら、ロープの張りを確かめた。大丈夫そうだと確認し、ロープに飛びつく。

 バルコニーに昇るまでが、一番危険だ。エドはようやく晴れてきた視界を広場へと落としながら、手足を素早く動かした。

「おっ?」

 と、その時、急に浮遊感を感じた。ロープが切れて、落下するのかと焦ったエドは、思わず声をあげる――が、彼の予想した落下感は、訪れなかった。

 エドの体はロープを持ったまま、何者かに摘み上げられるようにして浮上していた。バルコニーの手すりまで上ったところで、ぽいと投げ捨てられる。

「うおっと!」

 勢いが強すぎて、エドは壁に背中をぶつけた。が、無事、バルコニーの上に昇っていた。乱暴だが、どうやらエドの手助けをしてくれたらしい。

 エドはぶつけた背中をさすりながら、手すりへと駆けよる。ほぼ正面にいた、赤毛の少女と目があった。彼女は、冷気を放った後同じような、自慢げな笑みを浮かべている。どうやら、彼女がやってくれたようだ。

「いや、ありがたいけど……」

 やはり、豪快と言うか、大雑把と言うか……お礼を言いたいが、そのあと一言何か言いたくなるような手助けの仕方である。

 とりあえず、感謝の意を伝えようと、目礼だけして、エドは視線を下へと落とした。視力が戻ったエドの瞳は、人の中をかき分けて動く不自然な何かをすぐに見つけた。エドを探すマテーウスだ。エドが、上を目指しているとは考えていなかったのだろう。彼は、きょろきょろと辺りを見回すが、その視線は水平を保っていた。

 エドは、サックと一緒に背負っていた小型のボウガンを取り出す。洞窟内は狭いから、弓ではなくボウガンを持ってきていたのだ。

 矢を装填し、狙いを定める。そのまま引き金を引こうとして、エドは躊躇った。

「……マテーウス!」

 二つの理由で、エドは叫ぶ。一つは、自分の中で覚悟を決めるため。そして、もうひとつは……

 エドの声にマテーウスは素早く反応して、顔をあげた。その瞬間を逃さず、エドは引き金を引く。矢が、視線をあげたためにがら空きになったマテーウスの喉へ、吸い込まれるように突き刺さった。

 マテーウスは、瞳と白眼が反転した目を見開き、口を「あ」の形にして、そのまま仰向けに倒れた。しかし、反転した彼の色は、変わらない。

 エドは、泣きそうな表情で、止めを刺すために、再びボウガンに矢をつがえる。引き金に手をかけたその時――


「アドル?」

 エドは、ボウガンを下ろし、引き金から指を外した。



 二人の幹部は、合計10人の手下を従えていた。しかも、幹部の男が、強い。彼と他の11人を長く相手にしている事など、不可能である。エドとマテーウスが人込みに消えたのを見て、フェイスは武器で応戦する事を、諦めた。

「――神よ」

 フェイスは壁際まで下がり、自らを守るように棒を水平に掲げた。

 シリィが最初に叩いてくれたお陰で、魔物達は無傷ではない。そして今、ウーヴェが支配を半ば放棄して、アドルとの戦いに集中している。魔物としての彼らは、十分な力を、既に持っていない筈である。

 フェイスは、そっと、息を音に乗せた。

 細く高い声が、場違いなほど静かな旋律を紡ぐ。

 男がいきり立った。

 しかし、フェイスを攻撃することが出来たのは彼だけだった。女性の幹部、そしてエドが止めをさせなかったソール達を含む14人は音を立てて倒れた。そのまま地に伏して動かない。

 僧侶が持つ呪文。

 世界の輪から外れてしまった存在を、鎮め、あるべき場所へ戻す呪文だ。祝詞と言ってもいいだろう。

 ただ、一度はみ出てしまったものが再び輪に戻るには、強い力が必要だ。この呪文が効いた場合、荒神なら和神に戻るだけだが、普通の魔物は、元に戻るだけで力尽きてしまう。

 つまり、魔物の救いは、死しか無い。

 僧侶に、彼らを死以外で救う方法はないのだ。

 それが、フェイスは悔しかった。


 だが、今フェイスは悔しがっている暇がない。呪文が効かなかった男が、怒り狂ってフェイスへ襲いかかってきていた。フェイスは水平に構えた棒をくるりと回して剣を弾く。やはり、力が強い。彼女が望むほどに、棒は十分に剣を弾いていなかった。男は体制を崩すことなく、第二撃を繰り出した。受け止めることを諦めて、フェイスは避ける。

 男の攻撃を避けながら、フェイスは反撃を試みていた。だが、そのすべてが大剣によって防がれる。凄い剣士がいたものだと、フェイスは舌を巻いた。この中で、彼とまともに相手ができるのは、アドルだけではないだろうか……

「凄いな、お嬢ちゃん」

 遂に防戦一方となった時、男は急に攻撃の手を緩めた。フェイスはここぞとばかりに間合いを取りなおす。立っているのが辛くて、フェイスは棒を杖にしてぜぇぜぇと荒い息をした。全ての攻撃をどうにかかわしていたが、体力が限界だ。心臓の位置が分かる。肺が、新鮮な空気を欲している。

「俺の攻撃を、ここまでかわすなんて。殺すのが勿体ない」

「な……ぜっ!」

 切れ切れの息の中から、フェイスは言葉を絞り出す。

「なぜ、彼に……ついてっ? ま……もの、に」

「ずっと一緒だったからな」

 途切れ途切れの言葉から、質問の意図を察した男は、穏やかな口調で答えた。

「あいつが、勇者だと言われていた頃から、ずっと一緒にいた……俺が、あいつに憧れて付きまとっていただけだから、あいつは知らないけどな」

 霊峰での戦いで傷つき、冒険者として再起不能になっても。一文無しになり、借金を重ねギルドから追い出されても、付いて行った。ウーヴェが彼に気付いたのは、周囲に誰も人が居なくなった時だ。

「俺は、あいつらと違う。絶対裏切らない――だから、ここまでずっとついてきた」

「なぜ、止めなかったのです?」

 まだ幾分かすれる声で、フェイスは問う。ずっと一緒だったのなら、ウーヴェが道を踏み外す前に、押し止める事も出来ただろうに。少なくとも、あんな姿になってしまう事を止める事が出来ただろうに?

「言っただろう?」

 ウーヴェがその存在を認識した時から、ずっと右腕となって働いてきた男は、フェイスの問いに当然のように答える。

「俺は、彼に憧れてきたんだ。ずっと『ついて行った』んだ。それが、俺の正義なんだ。世界中の全てがそれを『違う』と言っても、ウーヴェが『正しい』と言うなら、俺にとってもそれは『正しい』んだ」

「盲信――」

 フェイスの言葉に、男は少し歪んだ笑みを浮かべた。

「そう、言われたこともある。だが、それがどうした? 国だって同じだろう? ここは少し違う様だが――」

「……そう、ですか」

 フェイスには、否定する事が出来ない。カルーラ聖王国の両側にある国は、王が絶対だ。王が正義だと言えば、国全体がそれを正義だと言う。フェイスは、それを知っている。

 しかし、フェイスは、彼らの関係を王と騎士のそれと同じだとは、意地でも認めたくはなかった。

「貴方にとって、ウーヴェさんは神だったのですね」

「勇者、だったのさ」

 恐らく、彼は神を信じない人なのだろう。そうなるだけの、何かがあったのだろう。だが、神の代わりに勇者を手に入れたのだ。

「お嬢ちゃんが、それを理解できない訳がない――君の槍術。棒術じゃない方だ」

 フェイスは、はっと顔をあげた。

「あの国にも、勇者が居たね。君と同じ、琥珀の――」

「っ!」

 フェイスは琥珀色の目を見開いて、男を凝視する。

 その時――


「アドルちゃん!」

 フェイスは男を無視して、駆けだした。



 アドルはその外見で、侮られる事が良くある。

 女性に見られるのは許し難いが、敵に侮られるのは、彼にとって好都合でしかなかった。相手が油断している分、こちらが有利だからだ。

 しっかりとアドルを侮ってくれていたウーヴェは、アドルの、体に見合わぬ力強い太刀捌きに、面白いほど翻弄されていた。あえて緩慢に振った剣を、頑丈な右腕で受け止める。その隙にと、返す刀で突きだした鋭い一撃に、左腕は間に合わず、黒い血をまき散らす。左足の大きな爪でアドルを踏みつければ、踏みつける相手の力を利用して下へと潜り込んだアドルに、軸である棒のような右足を払われ、見事に転倒する。

 そんな間抜けな攻防を続けているうちに、彼はようやくアドルを侮る事をやめたが、すでに遅かった。ウーヴェの左足の金色の爪の半分は折れて砕け、立派な右腕はだらんと下にさがったまま、動かない。左手に握られた、ねじれた杖だけがしっかりしていた。

 そこだけが変わらない藍の瞳が、アドルを睨みつける。

「確かに、あなたは勇者の資質があったのだろう」

 アドルはぴっと剣を振って、刀身に付いた黒い血をふりはらった。すでに血まみれのウーヴェの体に、飛び散った血が数滴付く。

「だから、こんなに多くの手下が集まった。手下の大半は意のままに操ることのできる便利な人形となり、数人は、自分の為に意志を持って動いてくれた」

 濁った藍色の瞳が、じろりとアドルをにらむ。

「あなたは、小さな魔王だね」

 魔王は、魔物の意志を掴む。魔物は、魔王の遺志に沿うように動く事を望む。ならば、彼は、40人の魔物たちにとっての魔王だ。

「何が、言いたい?」

「別に」

 アドルはそっけない。

「ただ、とどめを刺す前に、言っておきたかったんだ」

 アドルは再び剣を構えた。ウーヴェも左手の杖を構え直す。折れた左足が、ぐらりと揺れた。

「勿体ない」

 アドルは小さな体を低くして、ウーヴェへ襲いかかる。アドルの剣とウーヴェの杖が交差し、金属的な高い音を立てた。彼らの頭上で、足元で、体の前で、何度も同じ音が鳴る。何度目の鍔迫り合いだろうか。金属を打ち合わせる音が、変った。

 何かが折れた音がして、銀の刀身が宙に舞う。

 アドルとウーヴェ、双方が、それを目で追った。カラン、と地に落ちた音がした時、ウーヴェがにやりと真っ赤な口で笑った――まま、真黒な血を吐いた。直後、再び石畳に何かが落ちた音が、今度はアドル達の近くで聞こえた。

 藍色の瞳が下を向く。彼の濁った瞳に、地面に落ちた折れた剣と、二回りほど小さな剣を持ったアドルが映った。剣の先は、ウーヴェの視界に入らない。それは、深々と彼の首を切り裂いていた。


 ぐらりとウーヴェの体が揺れる。アドルは片足でウーヴェを蹴った。ウーヴェは後方にゆっくりと倒れる。突き刺さった剣が外れ、首から大量の黒い血が噴き出した。

 アドルは、黒い血を浴びながら、青い瞳から感情を消して、小さな魔王がゆっくりと倒れる姿を見つめた。濁った藍色の瞳は、色を失いながらも、アドルを睨みつける。アドルはその瞳を見ながら、おもむろに口を開いた。


 歌が、響いた。



「アドル?」

 それは、エドにとって懐かしい声だった。

 性別を感じさせない、澄んだ声。高くもなく低くもない声は、皆を不思議な感覚に陥らせる。

 その声が紡いだ歌は、一つの物語だった。



 優秀な冒険者がいた。

 彼は、山に住む、荒れた神の退治に行った。

 そこは、山自体が信仰の対象になるようなところだ。当然、神の力も強い。

 荒れた神は、地中深くに溜まっていた毒ガスを噴射し、山に住むすべての生き物を魔物化させた。神の力で魔物となった動物たちは、麓で山の怒りに脅えている人間達を襲い出した。

 それに困った、魔の山と化した霊峰の麓を治める領主が、王経由で対魔物の専門家である冒険者へ依頼をしたのだ。

 すでに勇者と呼ばれるだけの名声を持っていた彼は、沢山の信奉者を率いて、霊峰へ入った。そして、一週間後、彼らはその数を半分以下に減らして、再び人前に現れた。その手に、恐ろしい獣の首を持って。

 彼らは、荒れた神を倒した。


 しかし、その代償は大きかった。

 勇者は戦いによって一生残る傷を負い、冒険者としての第一線から退かざるを得なくなった。

 冒険者では無くなった彼から、信奉者は、一人、また一人と減っていき、誰もいなくなった。


 信奉者たちは、何を思って彼の元から去っていったのだろう?

 彼はどうすれば勇者でいられたのだろうか?


 始めればよかったのだ。新たな道を。

 導けばよかったのだ。道を失った勇者を……



「お、前……は。何者…………だ?」

 ひゅーひゅーと掠れる声が、問う。

「御存じなのでは?」

 一心不乱に歌うアドルの代わりに答えたのは、フェイスだ。倒れたウーヴェの背後には、彼に忠誠を誓った男が立っている。男は瀕死のウーヴェを静かな瞳で見守った。彼はやはり、死に逝く勇者の後を何も言わずに追うのであろう。

「貴方は、その名を利用して『勇者の四重奏』と言う名をつけたのではないのですか?」

「まさか、『勇者のための四重唱』」

 声の出ないウーヴェの代わりに、低い声がその名を紡ぐ。

 フェイスは笑顔で頷いた。

「うそだろ……」

 バルコニーで、エドが呟く。

「よくも、わたくし達の名を騙ってくれましたね」

 フェイスの言葉は柔らかで、相変わらず春風の様だったが、ぞっとする冷たさを持っていた。


 沈黙の中、アドルの歌だけが、響き渡っていた。



「アドルちゃん……」

「アドル」

 ずっと歌い続けるアドルに、フェイスと、バルコニーから降りてきたシリィが声をかける。何度目かの呼びかけで、ようやくアドルは歌をやめた。深い青の瞳を二人へと向け、力なく笑う。

「……駄目、だったな」

「はい。残念ですが」

 フェイスは頷く。

 うん、と呟いたアドルが、ふらりとよろける。慌ててシリィが彼の背を支えた。まだバルコニーで、どうすればいいのかと、うろうろしているエドの目から見ても、アドルは酷く辛そうだ。

 今、広間に魔物はいない。魔物だった者達は、全て人の姿で倒れていた。彼らの頭であるウーヴェを倒した途端、全ての魔物が、魂が抜けたかのように倒れたのだ。

「魔王が倒れれば、魔物はすべて死に絶える。彼らにとって、魔王はそこの白髪だったんだ。仕方がないよ」

 豪快な少女が、慰めるように優しくアドルの肩を叩いた。

「本当に、魔王……だったんだね」

 アドルはため息をつく。

 しばらく、沈黙が続いた。アドルの荒い息が、広間にやけに響く。

「――燃やそう」

 シリィに身を預けていたアドルが、立ち上がろうとしてよろけた。シリィがしっかりと、その体を支える。

 その姿を見て、なぜ彼がこんなに疲弊しているのかと、エドは首をかしげる。その姿に見覚えがある気がして、エドは記憶をまさぐった。

 ――そうだ。

 思い出した。

 アドルは、歌い過ぎると良くこうなっていた。エドの母は、ただ歌うだけで、魔力が放出されているのではないかと言っていた。普通あり得ないと、首をかしげながら。

 それでも歌う事が好きだったアドルは、『ただ歌う』事をドゥーシャに習って以来、そんなことにはならなかった筈だが……

 エドは、シリィに支えながら歩くアドルを見る。


 アドルと別れて1年半。彼は一体何を知ったのだろうか?

 なんで、ここで歌を歌ったのだろか?

 彼は知りたがっていた『あの歌』の意味を知ったのだろうか?

 だから、ここで歌ったのだろうか?


 疑問が頭の中をめぐる。

 アドルは、相変わらずアドルだが、少し、違うように感じた。

「エド!」

 フェイスの声が聞こえる。

「行かないのですか?」

 無限回廊が、口を開いている。フェイスが、シリィが、アドルが、生き残った冒険者が、エドを待っていた。

「え? でも、この先は?」

 何度言っても元へと戻る、無限回廊の入り口ではなかっただろうか?

 ふっとアドルが笑った。

「この『罠』を解除する手段も持たずに、ここを決戦の場にするとでも?」

 苦しい息の下から出された、挑発的な台詞。こんなアドルに、エドは勝てる気がしない。

「……俺が悪うござんした」

 聞くだけ愚かであった事を認めて、エドはバルコニーからひらりと舞い降りた。



 フェイスが、冒険者達が、そして、エドが広間を出る。最後に出たシリィが低い声で呪文を唱えると、勇者と40人の盗賊の遺体が燃え上がった。

 首からおびただしい量の血を流して倒れている男も、首に矢を差した男も、真っ赤な炎に飲まれた。

「ウーヴェ……マテーウス」

「ごめん」

 廊下の壁に背を預けて座っていたアドルが、小さな声で、謝罪した。何の事かと、エドは振り返る。

「貴方達の、大切な仲間を殺した。助ける事が出来なかった」

「そんな事っ!」

 人でありえた一人が、叫ぶ。5人の男達が、しゃがみこみうつむいたまま顔をあげないアドルへ、捲し立てた。

「助けてもらったのはおれ達だ!」

「あのままだったら、魔物の仲間入りをしていたか――消されていた」

「あれしか方法はなかっただろう?」

「謝らないでくれ」

「むしろ、礼を言わせてくれ!」

 しかし、アドルは頭を上げない。エドが当惑して彼の仲間を見れば、彼女達も沈痛な表情を浮かべてアドルを見ていた。

「でも、確かに彼らは、貴方達の仲間だった」

「…………」

 アドルの重い声は、彼らから言葉を奪う。

 そうだ。

 ずっと、一緒にいた。

 仲間だった。

 笑ったり、怒ったり、剣を取りあったり、ふざけたり――下っ端だったが、不快だった訳ではない。

「なんで、盗賊だったんだろうな」

 ぽつりと、一人が呟いた。

「どうして、魔物になんて、なっちゃったんだろうな」

 彼らも、エドも、もう理由は知っている。アドルが歌った歌が全てだ。

 それでも言いたくなる彼らの気持ちが、エドには分かる。

 エドも、彼らも、偽りの冒険者パーティ『勇者の四重奏』が嫌いではなかった。

 彼らを惜しむくらいには、好きだったのだ。

「班長ぅ……」

 一人が膝をついて泣き出した。彼は最後、自分を世話してくれた班長と剣を交えていた。

「好き……だったのに」

 呟いた男の班長は、可愛らしい女性だった。

 彼らにつられて、一人、一人と男達は涙を流し始めた。

 1年以上、仲間だった、彼らを悼んで。

「本当に、ごめんなさい……」

 アドルの声に、答える者はいなかった。





 夏至を過ぎても、まだ夏は長い。それでも、山の木陰は涼しいのが、このカルーラの夏だ。

 エドは木陰に佇み、1年ほど住んでいた場所を眺める。


 あの後、アドルに連れられエド達は、訳も分からぬ道を歩いた。絶対の方向感覚を持つエドも、魔法によって捻じ曲げられた空間で、それを保つことは難しい。

 気がつけば、見慣れた場所に出てきた。

 そこは、エド達が住んでいた、彼らの住処だった。

 アドルはシリィに引き摺られながら、今となっては空しいだけの、生活臭漂う廊下を抜ける。彼とシリィは初めてここに入るはずなのに、迷わず出口へと歩を進めた。さ、とフェイスに促されて、エド達は続いていつも使っていた出入り口から外に出る。出口の広場で、アドルが待っていた。

「入口を潰す」

 彼は、それだけ言うと、いつの間にか取り出した無色の球を、コロコロと転がした。

「これは?」

 冒険者達が、首をかしげる。が、エドはその正体を知っていた。魔力に反応して、巨大な爆発をする魔法の道具だ。

「――――!」

 奥へと転がる球に向かって、アドルが一声を放つ。

 直後、轟音を立てて遺跡が崩れた。



 崩れた遺跡の入り口に、若木が生えているのをエドは見付けた。

 自然は強い。

 数年もたてば、崩れた入口は山の緑と完全に同化し、そこに穴が存在していた事を忘れてしまうだろう。

 だが、人はそれほど逞しくない。

 傷ついた子供達は、神殿の孤児院に預けられたが、未だ心の傷がいえる事はないと言う。

 助かった冒険者たちは、みんな散り散りになった。冒険者では、もういられない、と彼らの殆どは言っていた。実家に帰ると言っていたものもいたが、連絡を取っていない。二度と、会う事もないだろう。

 エドは『勇者のための四重唱』へ迎え入れられた。

 当然のようにエドを招き入れるアドルに、エドも遠慮をする気がなかった。それが当然とすら思った。今まで、一緒に居なかった方が不自然だったのだと。今までなぜ連絡をしなかったのだと、怒ったぐらいだ。

「だって、探して見つけだしたと思ったら、別のパーティに入っていたし。しかも、よりによって『あそこ』」

 ベッドの上で、アドルはいつもの表情で苦笑する。その表情に、エドはほっとした。痛々しい表情で謝るアドルなんて、見たくない。彼は、傲然としている方が、彼らしい。

「フェイスに聞いた時、耳を疑ったよ。ちょっと目を離したすきに、こいつは何をやらかしているんだって……もう、泣きたくなった」

 よよよ、と泣く振りをする。

 砦を爆破した一声が限界だったらしいアドルは、直後に倒れ、数日寝込んでいた。今も、まだ寝ていろと仲間達に言われて、ベッドに縛り付けられていたが、軽口を叩けるのであれば、もう大丈夫だろう――と言えないのが、こいつだ。仲間の判断は、正しい。

「エドが何をするのか心配なら、ずっと見張っていなくてはいけませんね、アドルちゃん」

「えー」

 にこにこと笑うフェイスに、アドルは心底嫌な顔をする。

「悪かったな」

 エドは腐ってみせた。そんなこと言われても、知らなかったんだから、しょうがない。

「……まぁ、ちょうどバスが足りなくて困っていたんだ」

「?」

 アドルの意図を掴みかねて、エドは首をかしげる。

「どう? 一緒に歌わないか、また」

「…………」

 すっかり忘れていたが、彼らが『勇者のための四重唱』だったのだ。あの、エドを感動させた歌の、主。そういえば、本人の目の前で絶賛していた気がする……思い出すと顔から火が出そうだから、忘れる事にしよう。

「『勇者のための四重唱』って、女声三重唱だったのか?」

「ん?」

 アドルが、笑顔で凄む。だが、照れを隠す為に敢えて言っているエドは怯まない。むしろ笑ってみせた。

「微力ながら『混声四重唱』となるお手伝いをさせていただきます。お譲様方」

 エドは恭しく、女性二人と女性のような男性一人に頭を下げる。

 フェイスがぱぁと花の様な笑みを浮かべた。シリィがくすりと、楽しげに笑う。アドルが口を曲げた。

「よろしく」

 女性三重唱の様な混声三重唱が、エドを迎え入れた。




「エド!」

 山の下から声がして、エドはそちらへと視線を向ける。夏の空よりも色の薄い髪が見えた。

「……ここに居たのか」

 アドルが一人、登ってくる。軽快に駆けて、エドの横に立った彼は、若木の傍に、手にした花束を置き、黙祷した。

「どうした?」

 アドルが黙祷を終えた瞬間を見計らって、エドは問う。

「決まった」

 アドルの答えは短い。

「次は?」

「国境線」

「っ!?」

「フラビス側の」

「……最前線じゃないか」

 心の中でほっと安堵の息をもらしながらも、エドは険しい表情を浮かべた。

 カルーラは現在、東側に接するフラビスと戦闘状態に陥っている。魔王が居て、魔物がはびこるこの時代に、人同士の戦いなどとは、呑気な事である。だが、カルーラ側にとっては不本意だった。フラビスが、こちら側へ攻め入ってきているのだ。

「いい加減どうにかしたいから、手伝ってこいって……」

「一介の冒険者が?」

 エドが驚くと、見上げたアドルが、全くだ、と答える。

「……まぁ、物語がありそうな所には、喜んで行くけど」

「それが例え、悲劇でも」

 ここで起きた様な、堕ちた勇者の物語でも?

 自分の無力に、悔し涙を流しても?

 泣きそうな顔をして、謝罪をする羽目になっても?


「行くね」


 アドルの答えに、迷いはない。

読んでいただきありがとうございます。もしよろしければ、Web拍手で応援してください。