勇者と40人の盗賊 1
まるで微睡みの中で生きているかのようだった。
確かに自分はここにいて、大地を踏み締めて生きている。
だが、全てに意味を感じなかった。
日々の生活をこなして、人々と関わり合っても、それらは彼の上を滑って通り抜けて行くだけだった。
自分は元からそうだっただろうか?
そう考える事すらしない。
なぜ、この国にいるのか。自分は今まで何をしていたのか。それすら曖昧なのに、曖昧であることに疑問を抱くことすらしない。
ただ、生きていた。
―― 生きなさい! 何を捨てても、生き続けなさい。生きることに、意味があるのだから。
―― 生きていてはいけないのよ。生まれたことが、罪なのだから。
二つの矛盾する声が、心の奥底にこびりついている。
それだけが、彼の現実だった。
そこにいた、特別な意味はない。
日々を暮らすための小銭を稼いでいたら、予想外に金が溜まっていた。ならばと、拠点にしていた聖都を離れ、国内をふらふらと歩く事にした。その途中で通りがかっただけだ。
カルーラ聖王国は、大陸アークスの北に位置する国だ。四国の中で最も土地が狭く、最も豊かな国である。国土のほとんどが山で、その間を清流が縫うように流れている。
彼が勇者と出会ったのは、聖都からそう遠くない山の中でだった。
ルクシス山脈に点在する黒の部族で育った彼にとって、山は珍しいものではない。だが、ルクシスに連ならない小さな山は珍しかった。
木々の背が頂でも高く、森のように生い茂っているのが不思議だ。山頂に至っても視界が開けない事に驚いた。まるで山頂という気がしない。山頂の木々から覗き見る風景には、空と共に山があった。手前に見える山は、まだルクシスですらない。その前山だ。この国は、大陸の中央にある湖ラクスラーマから、ルクシスに至るまでの間に、層のように幾重も山脈が這う。その山々の狭間に人が住む集落があった。集落同士は山で阻まれ、交通の便が悪い。そのため、貴族と呼ばれる類の人間が、それぞれの集落を治めていた。
彼が越えている山は、聖都と次の街との間に横たわる一番低い山だ。普通は湖側の平坦な道から、川を渡り、山をぐるりと迂回するが、ビリディス、ルクシス育ちの彼が、そんなまどろっこしいことをする訳がない。この山は、ビリディスの森より浅く、ルクシスの山々よりも平坦だ。
人通りのない獣道のような道を歩く。視界の開けない山頂を、違和感を抱きながら越え、下り坂に入る。間も無くして、彼は不穏な音を聞いた。
息を殺し、唸る声。人の吐息ではない。動物のものにしても荒々しい。
これは、魔物だ。
彼にはすぐわかった。
魔物が、何かを狙っている。
彼は目を眇め、気配のありかと殺気の向く先を探した。気配を探ることが得意な彼は、すぐにそれを見つける。彼の目の前にある茂みの先に、それはいる。更にその先にいる何かを狙って、息を殺している。
彼は、長身を低くし、武器を手に取りながら、そっと移動した。
茂みを迂回すると、そこは小さな広場だった。人が剣を振るうには狭いが、獣型の魔物が獲物の喉元を狙うには十分の広さである。
彼は最初に殺気の正体を見つけた。
彼の予想どおり、それは獣型の魔物だった。斜め後ろにいる彼の存在に気づかず、それは木の陰から奥の様子を窺っている。それが見る先には、ぽっかりと闇が口を開けていた――洞窟だ。
その洞窟の前に、半白髪の男がいた。
「危ないっ!」
彼が、かすれ気味だが良く通る低い声を張り上げるのと、魔物が木から飛び出したのは同時だった。
白髪の男は彼の声に驚いて振り返り、迫ってくる魔物に更に驚く。しかし、体は魔物に構えていた。反射的に、だ。男は、魔物と対峙することに慣れている。冒険者だ。彼はそう判断し、ほっと息をつく。冒険者の方が、助けるにしてもやり易い。彼らは一般市民よりこの手の事態に慣れていて、パニックに陥りにくいからだ。
案の定、男はすぐに驚愕から立ち直った。襲ってくる魔物を迎え撃つために、片手に持っていた杖を構える。男は足が悪かった。支えとなる杖を武器に持ち替えた為に、重心が酷く片寄る。
迎え撃つ男の杖と、魔物の爪が重なる前に、魔物の動きが止まった。
魔物は駆ける態勢のまま、どうと地面に落ちる。魔物は目の前にある獲物を睨み、恨めしそうに唸った。
魔物の足に、背に、3本の矢が深々と刺さっている。
大地に縫い止められたかのように、下半身が動かなくなった魔物は、唸り声を上げながら必死に前足で地面を掻いた。その左足が。ぴくりぴくりと動いているのを見て、彼は眉をひそめる。
「外した」
腰と両足。下半身が機能しなくなる一点へ、立て続けに矢を放ったが、左足のそれだけ外した。
不満げに彼は舌打ちし、弓を肩に掛ける。同時に短剣を取り出しながら、駆けた。うつ伏せになっている魔物の、太い首へ向かってそれを投げる。
くぐもった断末魔をあげて、魔物はあるべき姿へと戻った。
「大丈夫ですか?」
杖を再び地面へ着いた男へ、彼は魔物だった動物に刺さった矢と短剣を回収しながら声をかける。金属でできた矢尻も短剣も、使い捨てることが出来るほど安価なものではない。可能な限り、回収とリサイクルを。それが、決して豊かな生活をしてきた訳ではない彼の基本姿勢だ。
「いや、助かったよ。礼を言う。俺はウーヴェ」
「エド……」
彼は短く、自分の愛称を名乗った。
「エド?」
「……エドマンド、だ」
それは本名ではなかろう? と首をかしげられて、エドは渋々名を名乗る。姓までは名乗る義理はない。
「エドマンド、エドか。君ぐらいの年だと良くある名前だ」
「……」
エドはそれに答えない。
エドが生まれるちょっと前、隣のビリディスで新王が即位した。名前をエドワード。そのころ生まれたビリディスの子供たちは、彼にあやかって「エド」という愛称になる名前を与えられる事が多かった。流石に皇帝の名前をそのまま使う者はいなかったが。
エドもその一人だと思われたのだろう。心外だが、正直に答える気もない。
答えを期待していなかったのだろう。ウーヴェは気にせず話題を変えた。
「で、エド。君は冒険者だね?」
「まぁ……」
今度は、曖昧に返事をする。これは、答える気がなくて、濁している訳ではない。そうとしか答えられないからだ。
エドは一応、冒険座の名簿には登録してある。だが、一般的な冒険者のようなことはしていない。日雇い労働をするのに、ギルドと言う後ろ盾は、都合が良かったから登録しただけだ。
「一人かい?」
エドのほかに誰もいない事に気づいたウーヴェは、楽しげに笑う。エドは、まぁ……と先程と同じ返事をした。一人の冒険者はまれだから、不審に思われ易い。それを警戒しての曖昧な返事だ。
しかし、ウーヴェは不審そうな表情を微塵もださず、むしろ嬉しそうに笑った。
「なら、好都合。うちのパーティに入らないかい?」
「…………は?」
エドはキョトンと相手を見る。伸び盛りのエドよりも視線の低い男は、愛嬌のある笑みを浮かべた。
「こんなナリだが、一応冒険者グループのリーダーみたいな事をやっている。パーティ名は『勇者の四重奏』」
「勇者の……四重奏!」
エドは切れ長の目を見開いた。
そのような感じのパーティ名を、エドは知っている。最近現れ、電光石火の勢いで名を挙げているパーティの名前だ。その実績は、聖都に登録されているパーティの中でも、一・二を争う。
しかし、エドが彼らに興味をもったのは、その華やかな経歴ではない。
彼らは物語を残す。
彼らは、決して自分たちを勇者としない。
彼らは物語を歌う為に、勇者を仕立て上げる者達だと言うことでも、有名だった。
これは変わり種だ。物語を紡ぐ冒険者は、主役を望む自己権威力が強い者が多いから。
「一緒に、物語を奏でないか?」
「!?」
エドは言葉がでない。
喜びで、だ。
エドは、彼らの残した歌を、別の吟遊詩人が歌うのを聞いたことがある。
一気に好きになった。
好みだとか、そういう話ではない。
その歌を聞いた時だけ、彼の無意味な日々に色がつくのだ。
歌いたい、そう思った。
歌うことを望んだ日々があったことを、うっすらと思い出した。
あの頃は――充実していた気がする。
エドは、二つ返事で『勇者の四重奏』へ入った。
木漏れ日の中でも少し歩けば汗をかく。夏至を過ぎ、太陽の出ている時間は日に日に短くなって入るはずだが、暑くなるのはこれからだ。
エドは利き腕に巻いた布で額の汗を拭い、天を仰いだ。
もう、山頂まで森が続く山には慣れた。カルーラに居着いて2年を過ぎても、その土地に慣れることが出来ないほど、エドは順応力が無い訳ではない。
小暑が近いこの季節、木陰でも十分暑いが、それでも日向とは比べ物にならないほど涼しい。とくに、水が潤沢にあるくせに、空気が乾燥しているこの国ではそれが顕著だ。水場の木陰が絶好の避暑地である。
オルシスでの吸血鬼事件を解決したアドル達は、聖都へ向かった。聖都ヴァスクアは、一応彼らの拠点となる。冒険者パーティ『勇者のための四重唱』は、聖都にあるギルドにて、アドルの独断で名付けられ、登録された。初期メンバーである3人も、ここで出会ったという。
聖都に戻ると、彼らは休息を兼ねて、自分達を待つ場所へと散った。フェイスは世話になったという城下町の教会へ。この国に来てからしばらくの間、ギルドで事務員として働いていたシリィの帰る場所は、ギルドだ。アドルはどこへと明言はしない。だが、この地は彼の故郷である。この街のどこかにある実家へ顔を出しているのだろう。
エドにだけ、拠点となるべき場所がない。居場所がない冒険者のためのギルドだから、エドは基本そこにいるが、暇をしていると、昔取った杵柄でバイトをしているシリィや、彼女を慕う人々にこき使われる。貧乏性なので、暇を持て余すよりもこき使われた方が、エドにとっては楽なのだが、その時に渡される作業着がいやだから、エドはなるべくギルドにいたくなかった。
「暇そうだね、エド」
今日も、遅い朝食をのんびり食べていたら、両手に純白の布を掲げた女性がやってきた。1階の食堂兼酒場で働いている、シリィと同年の女性だ。
「そうでもない。今は食べるのに忙しい」
エドは彼らしくなく、女性を邪険に扱う。エドのつれない反応に、女性はぷっくりと頬を膨らませた。
「もうっ! 彼と同じ事言わないでよ」
「ダルに教えてもらったんだ」
「……余計なことを」
可愛らしいウェトレスの制服が似合う女性は、エドから視線を外し、ちっと、似合わない舌打ちをした。
「あぁ、でも暇なことには変わりないでしょう?」
一つにまとめた紫がかった青い髪を揺らして、彼女は顔を上げる。相変わらず、何かを期待するかのような笑みを浮かべて。
「エドは、なんでも出来るからとっても助かるの。力だけの冒険者と一線を画すわよね」
「……褒め殺しても無駄だぞ」
むっつりと引き結ばれた口元が、僅かに上方へひきつっているのは、エドが基本的に正直者だからだろう。褒められて、嬉しくない訳がないのだ。
「ね、だから……お願い?」
そう言って、彼女は手に持つ布を広げて、彼へ差し出した。
純白のそれは、皺の無い綺麗なエプロン……ウェトレスの可愛い紺の服に良く似合うものだ。腕の部分と裾にフリルがあしらわれている。
ガタッと音を立てて、エドは立ち上がった。
「じゃ、行くから!」
「あ」
エプロンを手に彼女が動き出す前に、エドは脱兎のごとくギルドから逃げ出した。
彼女たちの目的は、エドの労働力ではない。女性用の可愛らしいエプロンを、でかいエドに着せる事なのだ。彼女達がそれを明言するわけがないが、エドは確信している。なぜなら、自分にあのエプロンを渡す時の彼女たちの顔は、期待に満ち溢れているからだ。
ごめんである。
どうせなら、アドルに着せればいいのにと言ったら、却下された。似合い過ぎるから駄目らしい。
……女性の嗜好は理解が難しい。
ギルドを飛び出して、エドはそのまま、なんとなく足が向く方向へ歩く。ふと気が付いたら、彼はこの山の頂上付近にぽっかり開いた広場に来ていた。
ここでエドは、人を助けた。
足の不自由な勇者だった。
「因みに、ここが拠点」
そう言って、彼が指したのは、彼の背後にぽっかり口を開けた洞窟だった。
その入り口は、もう、ない。
1年ほど前に、潰された。
他でもない。アドルの手によって。
ウーヴェをリーダーとする冒険者グループ『勇者の四重奏』は、大きな集団だった。
案内された洞窟は、遺跡の一部らしい。うまく整備され、心地の良い居住空間になっていた。
「5~8人で班を作る。これが最小の単位だ。小さな仕事はこの単位で行う。大きな仕事だと、共に働くこともある」
エド立ちの入った入り口は裏口だったのだろう。土が剥き出しになった細い道を少し歩くと、整備された広い道に突き当たった。整然と石畳が並べられている通路は、真っすぐに伸びている。幅の広い通路のいたるところに、人が座り込み休息していた。
「部屋は班毎に割り当てられる。結構広いんだ」
通路の両側に、等間隔で扉がある。その一つ一つが、部屋なのだろう。
へぇ……とエドが周囲を見回していたら、並ぶ扉の一つが勢いよく開いて、誰か飛び出した。
「へっ!?」
その姿があまりに小さかった事に、エドは驚く。驚くエドを、大きな瞳で見て、飛び出してきた人はちょこんと首を傾げた。
「おきゃくさま?」
紡がれる声は、高く、澄んでいる。子供だ。おそらく、10に満たない。
「違う。仲間だ」
「ウーヴェ!」
初めて見る顔に釘付けだったのだろう。声を聞いて初めてエドの隣にいる人物の存在に気づいた子供は、顔を輝かせて名前を呼んだ。
「おかえり! ボクが一番?」
ピョンと跳ねて、子供がウーヴェに抱き着く。男は片手の杖で上手くバランスを取って、空いた手で子供を受け止めた。
「あぁ、一番だ」
ウーヴェの言葉に、子供がぱぁと顔を明るくする。
「ねぇねぇ、ウーヴェ、後で見て! 水の魔法、出来たんだよ」
子供の言葉に、エドは驚く。こんな幼子が冒険者のアジトにいるだけで驚きだが、その子供が既に魔法を習得していると言うことに、更に驚いた。
―― でも、エドはもっと幼いころから、魔法より凄いことが出来たじゃないか。
誰かの声が、記憶の奥から蘇る。
でも、あの『技術』は、必要だから身につけたんだ。普通は、子供のころに取得するようなものじゃない。
―― 悲しいね。
その声は、同情と言うには淡々としていた。客観的な感想を述べる時と同じ響きだ。だから、エドもそうだな、と淡々と答える事が出来た。
魔法も一緒だ。
あのくらいの子供が通う学校では、呪文はまだ教えない。あれは、便利だがそれ故に危険な専門知識だからだ。善悪のはっきりしない子供に持たせるおもちゃにしては、危険すぎる。
そんな呪文を幼い時から知る必要がある環境にいると言うのは、悲しいことだと、エドは思う。
記憶の中にいる声の主も、出会ったころからそれを知っていた。エドの持つ技術を悲しいと言った彼の持つ力を、エドも同様に悲しいと思った。
「あれは孤児でな……」
ウーヴェの声で我に返る。子供はぱたぱたと走り去っているところだった。ウーヴェに何か頼まれたのだろう。
「俺達が拾って、育てている。あれだけじゃない。他にも何人か、そういうのがいる」
「慈善事業もしているのか?」
エドが驚いて顔をあげたら、ウーヴェは苦笑した。
「魔物に親を殺された子供、災害で両親を亡くした子供、挙句には捨てられた子供――こういう仕事ではそういう子供に会うことも少なくない」
それは、エドも知っている。
魔物という敵のいるこの世界は、決して豊かで安全なものではない。打倒魔王を本気で掲げる冒険者の多くは、魔物により自分が不幸に陥った者だ。
「境遇に同情する仲間が多くてな。子供を育てるための女性集団も、いつの間にかできていた」
「……凄いな」
エドは、素直に感嘆した。
ここは、単に魔物を倒し、雑事を請け負う冒険者グループというより、もっと大きな団体らしい。
「俺らに拾われた子供は、冒険者に憧れてな。早く、一人前になりたいと、幼いころから力を求める――止めてもな」
それでエドは、あの子供へ呪文を教えた理由を理解する。
「隠れて良からぬものに手を出すより、大人が正しく力とその使い方を教えた方が安全」
「……と、言うことだ」
ウーヴェは肩をすくめ、付いて来いとエドに背を向けた。足の不自由な男は、歩くと肩がひょこひょこと上下する。その背中へ、自分自身へ、いくつもの視線が向けられているのを、エドは感じた。影から窺うようなその視線は不快だ。だが、エドは無視して洞窟の主の後を追った。
不快な視線は仕方がない。
エドは、彼らに紹介されるまでは、彼らにとって不審な来訪者なのだから。
遺跡の大通りは果てしない。
閉塞感を感じない程度に高い天井の先に終着点は見えない。優秀な方だと自覚するエドの目で見ても、先は闇に消えていた。床の方は、別の意味でその果てを知る事ができない。途中でバリケードによって塞がれているからだ。ここまでが彼らの居住空間と言う事なのだろう。
行き止まりの右手に、外の扉よりも少し豪奢な扉があった。その扉は開いていて、扉の前に立つと中が見える。重厚そうな長机の先に、背の高い椅子が置いてあった。長机の両側には、等間隔に、その椅子より控えめな椅子が。左右3脚ずつの計6脚。それにすべて人が座っている。
「おかえりなさい、ウーヴェ様」
一番手前の椅子に座る若い女性が、声を弾ませて立ち上がった。他の人達も、それぞれ笑みを湛えて彼を迎える。そして次に、続いて入ってきたエドへ怪訝な視線を投げた。それが、皆一様だったため、おかしくてたまらない。エドは笑いをこらえるのに必死になり、俯いて唇を噛み締めた。
「そこの入り口で魔物に教われかけてな。助けてもらった。なかなかの腕だから、スカウトしてみた」
「……魔物が出たのか?」
左手の最奥に座っている、ウーヴェと同年代の男が、眉をひそめて立ち上がる。結界は? と責めるような口調に、入口から2番目に座っていた、気の弱そうな男が肩を震わせた。
「ちゃ、ちゃんと……して、るよ」
「なら、なぜ魔物が入る?」
「とるに足らない魔物だったんだろう」
じろりと気弱な男をにらむ男へ、ウーヴェが軽い口調で答えた。
「しかし、お前は襲われたんだろう!?」
「ぼけっとしていた」
さらりと言ってのけて、彼は独特の歩調で、最奥の一番大きな椅子に座った。
エドは所在なく、入口に立ち尽くす。
「エドと言う。弓三発で熊型の魔物を行動不能にした――マテーウス」
ん? と顔をあげたのは、ウーヴェの左手。まだ立ったまま、眉を潜めて不機嫌そうに唸っている男とは反対側にいた青年だ。
「お前の班だ。遠距離型が欲しかったんだろ?」
「……遠距離って魔法の事なんだけどな」
マテーウスと呼ばれた明るい茶色の髪をした男は呟いて、頭を掻いた。悪かったな、呪文は全く駄目なんだよ、とエドは心の中で拗ね気味に謝る。
「ま、いいか」
エドの心中を知らない男は、ぱっと顔をあげた。灰褐色の瞳がきらきらと輝いている。
「よろしくな!」
音をたてず立ち上がり、気配がないままエドの隣りへ歩み寄った。彼の肩をぽんと叩く表情は屈託が無いが、隙も無い。
同業者か――
エドは彼のリーダーとなるらしい男に目礼した後、彼の正面に並ぶウーヴェと、推定幹部の5人へ向き直る。
年配者に対する礼儀は一応心得ているつもりだ。
「未熟者ですが、よろしくお願いします」
エドは深々と頭を下げた。
微睡みの世界で、彼はおよそ50人の仲間を率いる勇者に出会った。
彼は、勇者に従う多勢の中の一人になった。
そして、新たな変化は、1年後の秋に起こる。