勇者のための四重唱


小さな大平原 10

 日に日に朝の寒さが厳しくなっている。太陽が昇る時間は目に見えて遅くなり、軌道も低くなった。山はすっかり雪化粧が終わり、平地の木々も極彩色の葉を落とし、灰色の武骨な枝しか見えない。

 シャフロン平野がカルーラの手に戻って、二ヶ月が過ぎていた。短い秋はあっという間に過ぎ、長い長い冬が訪れて久しい。

 大陸内でもっとも北にあるカルーラは、四国の中で最も冬将軍に愛されている。凍った空気が日の光にあたり、キラキラ輝くのを見ることが出来るのも、カルーラだ。

 そんな寒い日々が続いているが、シャフロン平野の街や村は、朝から賑やかだった。人々は背中を丸めて寒さに耐えながらも、笑顔を絶やさない。一年間、窮屈な思いをしてきたシャフロン平野の人々にとって、自分達の住処がフラビス国から解放されたことは、冬の厳しさなど物ともしない程の喜びだった。

 一年間田畑を放置していたから、この平野の街や村に蓄えは無い。だが、聖都の王が備蓄していた食料を全てこちらに回してくれた。西から峠を越えてきた兵士が山ほどの食料を持ってきたときは、街中に歓声が沸いたものだ。

 その上、秋が終わる前に戦は終わった為に、放置していた畑や果樹園に自然と生った出来の悪い果物を収穫する事が出来たのも、良かった。

 それらによって無事年を越え、新年を迎えられると分かったのも、人々の笑顔の一因である。


 戦いが終わったら、冒険者は三々五々に散っていった。一部はこの地に残ったが、冒険者の殆んどは、仕事を請けたギルドへ戻った。そこで報酬を受け取り、再び魔物相手に剣を振るう日常に戻っただろう。

 殆ど損害が無かった冒険者たちは、勝利の気分だけを味わって、笑顔でシャフロン平野を去って行った。

 国や貴族とそれに属する兵士たちは、平野に残って事後処理を行っていた。住人達を手伝って荒れた田畑の整理をしたり、放置された街や村の復興をしたり、彼らは養ってくれている人々の為に忙しい。

 それでも一ヶ月もすれば自領へ戻りだした。冬が来ると通れなくなる峠が、山がちなカルーラには沢山ある。今帰らないと、春まで帰れないのだ。そこまで自領を留守にするわけにはいかない。年越しもある。

 彼らにも勝利の興奮はある。だが、彼らは少なくない仲間を失っていた。故郷へ帰る彼らの表情は、冒険者ほど晴々していなかった。


 エド達『勇者のための四重唱』は、他の冒険者と共に帰ることはしなかった。

 理由は幾つかある。

 一つは、次の目的地がこの平野の先にあるからだ。報酬は現在の滞在地、セルペンのギルドでもらっている。彼らはこのままピディス河を越えて、先日まで戦っていたフラビス王国へ向かうつもりだった。

 今回のフラビスによるシャフロン平野の侵攻によって、今まで友好的であった両国の関係は一気に冷え込んだ。だが、まだ個人が両国を行き来する事が、制限されているわけではない。なっていても、恐らく渡れるだろうが――彼らのフラビス行きに、聖王の息がかかっている事が、ほぼ確実だから。


 もう一つの理由は、彼らの仲間の一人がここからまだ動けないからだ。

 エド達が大きな仕事の直後、しばらく動けなくなることは良くあることだ。無理をした誰かさんが良くぶっ倒れているから。

 だが、今回は少し違う。戦後処理に駆り出された仲間が、戻ってこないからだ。

 仲間の一人、今回完全に別行動をしていたアドルは、戦後、セルペンの城に連れて行かれた。事後処理を手伝うために。彼は今回、冒険者としてこの戦に参加したわけではない。

 低い地位の貴族たちは、すでに兵を連れて自領へ帰っている。だが、彼らをまとめる将軍やこれから必要になる文官は、シャフロン平野最大の街セルペンの城で未だにてんてこ舞いだった。あの喧騒の中に、アドルもいるのだろう。

 エド達は、セルペンに来て以来、アドルと顔を合わせていない。

 最初の日に彼の伝言としてやってきた兵士に、ここで待っていると伝えてもらったきりだ。


 アドルのこの国の人間としての仕事を待つ間、エド達は暇を持て余していた。

 正確に言えば、エド一人が。

 女性二人は、こういう時間が空いたときにやる事を知っている。シリィはセルペンに入った次の日からカウンターの向こう側に居座っていたし、フェイスは教会へと向かった。

 長い籠城、そして戦いとあって、身体と心を癒す術を持つ僧侶は必要だ。エドが見て、一番忙しそうに動いて見える仲間は、フェイスだった。

 彼女は寝る時以外ほとんど教会にいる。同じく教会へ手伝いに言っている冒険者の僧侶に聞くと、彼女は休む暇も惜しんで、積極的に働いているらしい。

 一方で、暇なエドは、ギルドの使いっ走りをやったり、街をぶらついたりして無為な時間を過ぎしていた。


 久々にセルペン城からギルドに使いが来たのは、北風が強い冬の昼下がりだった。

 山からの雪が風に舞い、城下に降ってきている中、背を丸めてやって来たのは、20代半ばの青年だった。質のいい服を着ているので、一目で城の者だと分かる。

「『勇者のための四重唱』っている?」

 入るなりそう言った青年に、ギルドの給仕とカウンターにいた事務員が、背筋を伸ばして頭を下げた。それに彼は、いいの、いいの、と苦笑して手を振る。

「し、しかし」

 頭を上げて、事務員が畏まった。それに、彼は今更じゃないか、と屈託なく笑う。

「まぁ、今日は冒険者としてじゃなくて、城のお使いできたんだけど――で、『勇者のための四重唱』は?」

「アタシ達だよ」

 来訪者と従業員がやり取りしている間に、カウンターから出でエドの後ろに立っていたシリィが答える。

「領主の坊ちゃんだね」

「坊ちゃんって歳じゃないから、止めてほしいな――放蕩息子、なら否定しないけど」

「セルペン解放の英雄様」

「……たまたま運よく外にいたから出来た事で、英雄と言われても、困る」

 セルペン領主の息子の話は、エドも聞いている。

 貴族には珍しい冒険者で、フラビスがこの平野を襲った時、フラビスにいたらしい。

 彼はそれを利用して、フラビスとセルペンの二重スパイとして暗躍し、城の外と中の連携を取り持った。最終的には城の攻防戦の指揮をし、見事フラビスの攻城隊を撃退した。セルペン城解放の功労者だ。

 セルペンの人々は、そんな領主の息子を誇らしげにエドに語ってくれた。その堂々とした姿こそ次期領主に相応しいとか、城を出て見聞を広め厚みのある男になったとか、放蕩息子が成長したもんだとかの感想をつけて。

 その噂の息子がこの男らしい。

「で、何の用だい?」

「アドルフィーネ様がお呼びだ」

 ――来た。

 エドは息をのむ。

「今すぐ?」

「すぐが無理なら、いつ来れるか教えてほしい」

 エドは跳ねるように立ち上がった。ずっと待っていた時が来たのだ。

「フェイスに知らせてくる!」

 叫んで、ギルドを飛び出す。シリィはエドの後姿を面白そうな表情で見送ってから、来訪者へ視線を向けた。

「だ、そうだよ。しばらく待っていておくれ」



 セルペン領主の息子ヒルトルートに連れられてセルペン城へ行くと、最初に彼らを待っていたのはモーラだった。

「久しぶりだな」

 事実上の総大将は、最後に会った時よりも幾分やつれて見えた。忙しくて疲れているのだと簡単に想像できる。

「ヒル、ありがとう。後も頼むな」

「あぁ」

 公爵家の息子と一領主の息子にしては、二人の間に身分の溝を感じない。それを不思議に思っていると、エドの視線に気付いたモーラが説明してくれた。

「公爵家の次男坊と侯爵家の跡取りだから、身分に差はない。それを除いても、冒険者同志だからな。結構色々なところで一緒に働いたりしている。いわゆる親友ってやつだ」

「単なる腐れ縁だ――じゃ、あとで」

 ヒルトルートは笑顔でモーラの言葉を訂正して、爽やかに去って行った。『親友』を否定されたモーラの肩が心なしか落ちているように見えるのは、気のせいだろうか。

「男にもふられるんだね」

 シリィの容赦ない言葉に、モーラははっきりと落ち込んだ。


 モーラが案内してくれた場所は、城の最も高い所だった。城から伸びる二本の尖塔、その一本の最上階になる。

 階段を上ったところにある部屋は質素だが、真冬でも十分に暖かかった。しっかりと断熱されているのだ。大きな窓から冬の日が入り込み、部屋の中は明るいが、薄い布のカーテンがあるため、眩しくはない。

 そこに居たのは冬の空よりかすんだ色の髪を持った小柄な人だ。窓を背にして、丸テーブルに座っている。城の住人にはふさわしくない、冒険者の格好をしていた。

「アドルフィーネ、連れて来たよ」

「ありがとう」

 モーラがその人物の名を正しく呼んだのは意図しての事か。

 しかし、目の前にいる『アドルフィーネ』がアドルなのか、フィーネなのか、エドにとっては、もうどうでも良かった。

「座りな」

 モーラがエド達を促す。三人が部屋に入り、部屋の中央にある椅子に座ったのを確認して、彼は部屋の扉を閉めた。

「……モーラは出て行ってもいいんだよ」

「居てもいいだろう?」

 モーラは軽薄に微笑んで、固く閉まった扉に寄りかかった。

 出ていく気が無いと判断したアドルフィーネは、軽くため息をついてから、エド達へと視線を向ける。

「待たせてすまなかった。一段落して、ようやく解放されたから、呼んだんだ」

「で、貴方は『どちら』なのですか?」

 フェイスのあまりに単刀直入な問いに、アドルフィーネは苦笑を浮かべた。

「フェイス、余裕がないね」

「すみません。で、どうなんですか?」

「この格好をしていても『どちら』と聞くか……」

「わたくしたちの目は節穴かもしれませんが、耳は飾りではありませんので」

 ははは、とアドルフィーネは声を出して笑った。

「そうだよね。皆の前で歌えば、流石にバレる」

「ずっと隠すつもりだったのか?」

「いいや」

 首を左右に振って、エドの問いを即座に否定する。

「どう言えばいいのかは、迷っていたけど……実を言えば、今もどうすればいいのか困っている」

 『アドル』にしては、珍しい種類の弱音だ。エドは驚いて、数回瞬きをしてアドルフィーネを見る。エドの動揺に気付いたアドルフィーネは、不本意だ、と言いたげな表情を浮かべてから、瞳を閉じた。

 しばらく瞳を閉じて何かを考えてから、アドルフィーネは目を開ける。深い湖面のような瞳には、もう、惑いや困惑と言った感情は無かった。

「私は、カルーラ聖王国第一王女、アドルフィーネ・カエルレウス」

 まず、今まで皆さんを騙っていたことを、お詫び申し上げます。そう言って、王女は頭を下げた。



 落ち着いたら彼らはちゃんと自分達の事を話すと言っていたが、準備が無いまま話を聞いても、付きつけられる事実に動揺して、自分達が知りたいことを聞くことが出来なくなるだろう。そう思い、エド達はたっぷりある時間の中で、彼らが語るであろう真実が何であるか、今までの彼らの話などから、いくつかの仮説を立ててきた。

「戦場に居たのはアドルだ、間違いない」

 ギルドで宛がわれたエドの寝室で、丸く座って三人は語り合う。

「王女は『あの声』も使っていました」

 戦場で彼女の足になっていたフェイスが報告する。それを知らなかったエドとシリィは、軽く目を見張った。

「『あの声』って――アドルの、あれかい?」

 シリィの問いに、フェイスは恐らく、と頷く。

「王女は、フラビス軍を『あの声』で指揮していました」

 ――あの声。

 アドルは呪文を操ることが出来ないが、彼の歌には魔力が宿る。

 彼は主に、他者の呪文に旋律を合わせる事で効果を増幅させるために、その力を使っていた。あとは、魔物をあるべき姿に戻すとき――これは、成功率が低い上に、アドルの身体にかかる負担が大きすぎるため、多用できないものだが。

「士気を高める魔法に近いと思いました。あの声に従えば勝てる――そう思わせる不思議な説得力を持っていましたから」

「歌じゃなくても出せるんだね……まぁ、考えられない事でもないか」

 アドルは『普通に』歌う方法を学んで、今、好きなだけ大好きな歌を歌うことが出来ている。魔力を出さずに歌うことが出来るという事は、逆も可能という事だ。

「王女本人のカリスマ、と言うことは無いのか?」

 エドの質問に、それにしては不自然過ぎる、とフェイスは言う。

「見ず知らずの、カルーラの軍服を来た小娘ですよ。その子が言う事を、屈強で誇り高いフラビスの騎馬隊が、あっさりと従うと思いますか?」

「……確かに、無いな」

 エド達がアドルに命じられたのなら、従う。なぜなら彼らは、アドルの指揮能力を知っているから。カルーラ軍も従うだろう。彼女が王女だと知っているから。さらにモーラがそれを支持すれば、迷う事すらしないだろう。

 だがフラビス軍は違う。彼らにとってカルーラは敵だった。しかもその中でも一番軟弱そうな少女の言葉だ。兵卒としていても違和感のある少女の言葉に、素直に従うとは、思えない。

「でもアドルちゃんの『あの声』なら、納得できます――だから、私がプリマに乗せて戦場へ運んだのは、アドルちゃんです」

 これはまず、間違いないだろう。

 元々歌声を聴いた段階で確信に近い推測を持っていた。フェイスの言葉で、その根拠が補強された。

「アドルとフィーネが同一人物、という前提で考えよう」

「『ここにいる』アドルとフィーネが、だよ」

 エドの言葉をシリィは訂正する。何が違うのだろうと、彼は赤毛の魔女を見た。

「フィーネ王女は聖都にいる可能性があるだろう? アドルがここに来た本当の目的は『フィーネの代理』だったとしても、全然おかしくない」

 シリィの言い分に、エドは納得した。アドルはフィーネの『影』だ。危険な戦場で、王女の代わりとして居ても、不思議ではない。

 エドは指を一本立てる。

「仮説その1。アドルはフィーネの影武者でここに来た。ここにいるフィーネはアドルで、本当の王女はここ以外にいる」

 そうだね、と二人の仲間は頷いた。


「アドルちゃんとフィーネ王女が同一人物、と言う可能性も捨てきれません」

 あまり考えたくありませんが、と前置きしたフェイスの意見に、エドは頷く。

 仮説その2は、フィーネ王女は既に亡く、全てがアドルである言う説。その3はその逆だ。

「彼らの言葉のどこまでが本当で、どこからが偽りなのかわかりませんが――」

 そう前置きして、フェイスは言った。

「王女は、自分が生きている限りアドルちゃんを王女にすることはしない、と言っていました」

 その時に言った『絶対』と言う言葉の強さから、信憑性が高い気がする、と彼女は言う。

「本当に、あまり考えたくない事だね」

 シリィが髪の毛を掻きむしった。波打つ赤毛が乱れるが、彼女は気にしない。

 王女の言葉をそのままとると、王女は本物という事になる。その王女が『アドルの声』で歌った。

「今まで旅してきた『アドル』は、『フィーネ』だった、という事か?」

 それは、確かにあまり考えたくない。

 そうであれば、本当の『アドル』はどこに行ったのだ? エドの幼馴染は?

「逆の可能性もあります。フィーネ王女は既に亡く、アドルちゃんが影として王女を演じている」

「姐さんは、知らないのか?」

 頭に片手を当てたままのシリィは、彼女らしくない表情で首を横に振った。

「わかっていたら、ここでこうやって話してなんかいないよ。アタシは聖王の甥の面倒を見るよう言われただけだからね」

 でも、と続ける。

「この三つのどれかだろうね。どうしてそうなったか――は、エドの記憶にヒントがあるだろう」

 それが、全く宛にならないから、八方塞がりなのだ。



 目の前の人物が、自身を『王女』と名乗ったことで、彼らの三つの仮説の中の二つが否定された。

「ア、アドルは?」

 唯一残された一つ。

 仮説を立てた時に覚悟をしていたつもりだが、エドは動揺を抑えることが出来ない。

「アドルは、どうしたんだ!? 俺が二年前に再会したのは、アドルじゃなくて、フィーネだったなら……俺の、幼馴染はっ!」

 エドは立ち上がって怒鳴った。

 シリィが落ち着けと、まるで馬を宥めるような仕草をしている。フェイスが琥珀色の大きな瞳で、心配そうにエドを見詰める。

 フィーネが――ずっとアドルだと思っていた旅の仲間が、見慣れた表情で彼を見ている。

 凪いだラクスラーマの湖面よりも深く、静かな蒼の瞳で。

「エド」

 聞きなれた声が、聞きなれた発音で彼の名を呼ぶ。

「呼ぶな」

 その声で呼ぶな。お前がアドルじゃないのなら。

「エド、聞け」

「止めろ、偽物!」

「エドっ!」

 アドルじゃないその声を聞いていることが出来なくて、エドは部屋を飛び出した。

 追ってくる声に、耳を塞いで。



 飛び出したエドを追おうとフィーネは立ち上がったが、モーラに目で制されて、そこで動きを止めた。

「俺が追えばいいんだろう」

「…………」

「想定していた事態だ。この場合は、俺が追うと決めていただろう?」

「この上なく不本意だが…………頼む」

「素直でよろしい」

 モーラは満足そうに笑みを浮かべて頷き、すぐに部屋を出た。

「『想定していた事態』ですか?」

「フェイス達も、私に関して色々仮説を立てていただろう?」

 質問に質問で返されたが、フェイスは素直に首を縦に振って答える。

「私と……モーラも考えたよ。私が正体を現した時、何が起こるか」

 確かに、目の前の彼女が、仲間の『アドル』であるなら、そのくらいの事は想定済みだろう。

「こういう時は、私が何を言っても無駄だろうから、モーラに任せることにしていた……不本意だけど」

「フィーネ姫は、モーラの事苦手なのかい?」

 シリィの本筋と全く関係のない質問に、フィーネは笑いながら溜息を吐いた。

「あいつ、『全部』知っているから――これ以上弱み見せたくないし、借りも作りたくない」

「許嫁じゃないのに、全部知っているのかい?」

「婚約破棄するために、全部説明せざるを得なかったんだよ。他言無用でモーラにだけ説明して、納得させて、汚名を被って貰った」

 盛大な借りだ。これだけでも、うんざりする、とフィーネは頭を抱える。

 その様子がフェイスの知っているアドルそのままだったので、彼女は悲しみを覚えながらも思わず笑ってしまった。

「『貸しはいくらでも作るけど借りは作りたくない』のは、アドルちゃんとかフィーネ王女とか関係なく『貴方』の性格なのですね」

「こういう身の上だと、望まずとも借りは増えていくから、極力避けたいんだよ」

 その理論が『この人』なのだ。それは『アドル』ではなく、フィーネの本質なのだ。

「姐さんにも、沢山借りを作っている。これで、フェイスやエドにも作った――返す当てもないのに」

「その言い方は、水臭いです。仲間じゃないですか」

「――仲間?」

 フィーネは、ぱちくりと目を見開いて、フェイスを凝視する。そこまで驚くことを言っただろうか。

「私は、君達の仲間で、良いのかな?」

 驚愕に見開かれた眼が細められ、問われた言葉の弱々しさ。

 フェイスは、彼女が、自分達にどう言えばいいのか迷っていた理由を理解した。

 彼女は嫌われたくなかったのだ。『アドル』として、自分達と仲間でいたかったのだ。

 しかし、彼女が持つ事実は、それを滅茶苦茶にするだけの破壊力を持っている。だから、どういえば壊さずに済むか、悩んで、困っていたのだ。

 では、彼女の持つ事実を知らされるこちらとしてはどうか。

 エドが真っ先に感情を行動に移してしまったせいで、かえって冷静になったからフェイスはここにいるのだが、この先彼女が出してくる目次第では、自分だって冷静でいられるか自信が無い。

「今はまだ、アドルちゃんは仲間ですし、フィーネ王女だって嫌いじゃありません」

 だから、素直に答えた。

「今は、まだ」

 フィーネは反復して、再び力の無い笑みを浮かべた。

 期待を持っていない諦めきったその笑みに、心が締め付けられた。


「私がこうなった切っ掛けについては、エドも知っているから、思い出せば大体理解してくれると思う」

 フィーネは語り始める。

「叔父ガイアの息子で、生まれてすぐに私の身代わりとなる運命を強要された子供は、確かにいた。その子を私は『アドル』と呼んで、自身を『フィーネ』と呼ばせて、区別していたのも、本当の事」

 極端に身体が弱かったフィーネとその『影』であるアドルが、ヴィリディス国境にある村で療養していたのも。そこでエドに会ったのも、本当の事である。

「エドは、アドルとも会っている。小さい頃、部屋で寝ていた私を置いて遊び、土産話を持ってきてくれていたのは、アドルとエド」

 エドも楽しそうに語ってくれた、昔の話。ずっと忘れていたと言っていたその思い出には、確かに二人の子供がいた。

「破局が訪れたのは、八年前――私たちが八歳の夏だった」

「八年前の夏、ですか」

「あの時、私は原因不明の熱で倒れた。続けてアドルも。おそらく私の生命力を補うために」

 『影』はオリジナルを生かすために存在する。影武者として姿形が似るのはもちろん、オリジナルに命の危機が訪れれば、その身代りになるために。

 生まれた時に産声すらあげれなかったほど身体の弱いフィーネに必要なのは、すぐ死神に持って行かれようとする命を守るための生命力。それを補うために、同日に生まれた従弟が『身代り』として選ばれた。

「恐らく、そこが私の寿命だったんだろう――幼いながらに、死ぬんだ、って分かった」

 でも死神は、『フィーネ』ではなく『影』である『アドル』の命を奪って去って行った。

「彼は、わたしの為に死ねると、笑って逝ったよ」

 『アドル』は、見事に自身の役目を果たしたのだ。


「私が今生きているのは『アドル』が生きる分の寿命だ」

 胸に手を当て、フィーネは噛み締めるように言う。

 フィーネはアドルが『彼』として生きれることを願っていた。

 寿命を肩代わりしてほしいと思った事など、無かった。代わりに死なれても、身代りによって生かされた命で自身の人生など歩めるはずがない。

「だから私は、『アドル』として生きようと、決めた。彼の存在を、この世に刻みつけると、誓った」

 これは、勝手に役目を果たしたと満足して死んでいった故人への当てつけでもある。


「私たちが生まれてからの八年間、アドルに対して負い目を感じ続けていた父と叔父は、私の望みを受け入れてくれたよ」

 恐らく、大人たちは、大切な従弟を亡くした子供の我儘を適えようとしたのだろう。

 数年経てばフィーネの身体は女性のものへと変化する。そうすれば、彼女はどうあがいても『フィーネ』に戻らなくてはいけない。それまでの短い時間『ごっこ遊び』に付き合ってあげようと思ったのだろう。

「元気になった私に、ガイア叔父さんはアドルとして稽古をつけてくれたり、色々な所に連れて行ってくれたりした――フェイスの所へ行ったのも、その時だ」

「覚えていなくて申し訳ありませんが」

「むしろ、ほっとしたよ。あれすらアドルちゃんじゃないのか、と怒られるのを覚悟していたから」

 フィーネは笑う。幼い日の記憶として様々な思い出とともに、記憶を彼方へ葬ってしまったフェイスは、苦笑を返すしかない。

「数年後、アドルの父は魔王討伐のために旅立った」

 その結果は知っている。

 彼は志を果たせずに散って行った。

「私は、アドルだったらその志を継ぐだろうと判断した」

 彼は父の事が大好きだったから。アドルとして過ごしたフィーネも、ガイアの事が好きだし、尊敬もしていたから。

「英雄の子アドルは、魔王を倒すために旅立つ。その為に、冒険者になった」

 冒険者となり、『ガイアの子』の存在を、世に知らしめる。フィーネの目的とも、一致した。

「でも、実態は私だから。魔王を倒すのは無理でも、魔王を倒す勇者は見つけられるだろうって思ってね」

「聖王陛下には、反対されなかったのですか?」

「されたよ」

 当然だ。彼女は正真正銘の後継ぎなのだから。アドルごっこを許しても、一生そうであることは許されない。

「だから、約束した。アドルの父と子二人の志を、アドルとして果たす。それが終われば、私はアドルを殺し、フィーネとして生きる、と」

 『殺す』と言う表現に、彼女の強い覚悟を感じる。王が折れたのは、その頑固な意思を理解したからではないだろうか。

 聖王は、旅立つための条件を出した。まず、冒険者となりこの国で活躍する事。アドル率いる『勇者のための四重唱』の名が売れ始めたので、他国へ旅立つための最後の条件として、フィーネにこのシャフロン平野奪還の指揮をさせた。

「これで、私は冒険者アドルとして他国に旅立てる」

 その前に。

「大切な仲間達には、きちんと話しておかなくてはいけないと思って」

「遅いくらいだけどね」

 シリィの辛辣だが軽快な一言に、そうだったかもねと、フィーネは苦笑した。

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