女神達の遊戯


沼地の洞窟

 ゾーマは三度沼地の洞窟へと足を踏み入れた。

 四百年の歴史を持つ人工の洞窟は、変わらぬ姿で彼を受け入れる。

 ゾーマは洞窟に入ってすぐ、迷わず左に折れた。

 魔法の明かりを剣先に灯して進む。魔法の光によって浮かび上がった彼の姿だけが、以前と変わっていた。

 青光りする鎧に、左右に角の突き出た兜。

 鎧は魔物から取り返した家宝のロトの鎧だ。中央にロトの紋章が彫られているこの鎧を着たのは初めてだったが、驚くほど軽かった。サイズも、まるで今のゾーマに合わせたかのように、ピッタリである。

 独特の形をした兜は、墓守からもらった。鎧を着た姿を見せてくれと言われたので、ドムドーラからここに来る途中に寄ったら、これを渡された。


「まさか、ロトの兜か?」

 マイラでロトの剣の噂を聞いた。もしかしたら、鎧以外にロトが遺したものがあるかもしれない、とは考えていた。しかも、ここはロト縁の地。ロト所縁の物を墓守が管理していてもおかしくない。

「……その理解でいい。大雑把には」

「どういう事だ?」

 大雑把に正しいと言うことは、厳密には違う、と言う事だろう。

「正確には『ロトの父』の兜だ」

「ロトの父」

 ロトだって、人の子だ。父がいて当然だ。だが、ロトを『始まり』とするゾーマは、今までそれを考えたことがなかった。ゾーマに連なるロイトの家系は、異世界から来たロトから始まる。しかし、ロトの血筋は、異世界で脈々と受け継がれてきたものなのだ。

「なぜ、ロトではなく、父なのだ?」

「そこは、想像にお任せしよう。俺からの餞別だ」

 答えはなかった。

 釈然としないものはあったが、それが墓守だ。そう諦めて、ゾーマは好意だけを受け取って、ロトの洞窟を後にした。

 ロトの父の兜は、ロトの鎧のような軽さはなかったが、大きく暖かい何かに守られているような感じがした。


 大型のドラゴンは、変わらぬ場所に鎮座していた。

 ドムドーラで何体ものドラゴンと対峙し、勝ってきた。だからこそ感じる。このドラゴンは、あれらとは違う。

 果たして装備を整えただけで、勝てるのだろうか。これで敵わないのなら、おそらく絶対勝てない相手なのだろう。だが、ゾーマは信じている。世の中、敵わない事などないと。

 ゾーマは光の灯った剣を構える。その状態で静かにドラゴンの前に姿を曝す。直後にドラゴンが炎を吐き出した。先日の戦いにより、向こうも警戒していたのだ。

 ゾーマは身体を低くして、敢えて炎の方へと突っ込んだ。炎は高い位置にある口から、ゾーマのいた地面へと一直線に吐き出される。それ故ドラゴンの足元は炎が来ない。そこへと飛び込んだのだ。

 炎の直撃は免れたが、熱は襲って来る。しかし、鎧と兜のおかげか、耐えられない熱さではなかった。

 ドラゴンの足元に至り、顔を上げる。真っ白な腹から首が、ゾーマの目の前に晒されていた。

 ドムドーラでドラゴンと戦ったゾーマは、知っている。ドラゴンの弱点を。

 ドラゴンの鱗は硬い。専用の武器でないと貫けないほどに。最初の戦いで、背中から襲ったのは、完全に失策だったのだ。

 ドラゴンの鱗は硬いが、腹から首にかけては比較的柔らかい。そこならゾーマの持つ鋼の剣でも貫くことが出来た。そして、腹側から攻撃するとして、一番効率が良いのは心臓を狙う事ではない。首を狙う事だ。

 ただし、顎の下の逆鱗にだけは触れてはいけない。狙うのは逆鱗のすぐ下だ。

 大きなドラゴンの逆鱗は、大きかった。普通のドラゴンよりも容易に見つけられたそれを避け、ゾーマは剣を突き出す。

 斜め上に突き出した剣は、ゾーマが狙った場所を見事に貫いた。しかし、やはり硬い。突き刺すことはできるが、左右に切り裂くことはできそうにもなかった。ゾーマは背が届くぎりぎりまで剣を突き刺す。

 ドラゴンが変な音の声を上げた。溶岩のような熱い液体が口から吐き出される――恐らく血を吐いたのだろう。血までが炎でできているのだ、このドラゴンは。

 ゾーマは剣を引き抜き、一旦後退した。貫いた喉から、湯気を上げて血が噴き出す。直撃は避けることが出来たが、飛沫に当たってしまった。だが溶岩の血は、青く光る鎧を溶かすことができない。

 ドラゴンはのけ反って出鱈目に炎と咆哮を上げている。その下をゾーマは再び駆けた。地面に広がるドラゴンの血を踏むたびに、靴がじゅっと音をたて、湯気が出る。大股に進み、再び剣で露わになった喉元へと突き刺す。先ほど差した場所の少し横に。刺せるだけ刺し込んでから、再び退避。

 痛みからか、ドラゴンはさらに出鱈目に暴れだした。

 規則性のない動きは読みにくい。湯気で煙る視界に目を眇め、ゾーマはドラゴンの動きを凝視する。そして、まき散らす炎と血を避けながら。三度攻撃を加えた。

 何度目の攻撃だろうか。

 ついにドラゴンの巨大な身体が、地面に落ちた。

 ゾーマは肩で息をついて、正面を見る。目の前に、ドラゴンの顔があった。大暴れをしていた割に、その炎の色をした瞳には、知性が感じられた。

「お前に恨みはないが、奥にあるものを取り戻しに来た」

 思い返してみたら、用件も言わずにいきなり戦っていた気がする。知的な朱色の瞳を見ていると、用件を言えば話し合いでどうにかなった気がしてきた。

 ゾーマは首を左右に振り、その考えを捨てる。

 話し合いの余地は、最初からなかった。お互いに。

 それが全てである。

「すまないな」

 ドラゴンは、彼の目の前で耳をつんざくような咆哮をあげた。熱気と暴力的な音量がゾーマを襲う。彼は顔をしかめ、目を閉じ、音の暴力に耐えた。

 それが、断末魔だった。


 ドラゴンはゾーマの目の前で魔力の塵となって消えた。

 魔物の魔力は、他の魔物を呼び寄せる。洞窟のような密閉空間は魔力が拡散せずに籠るため、魔物が集まり易い。早急にドラゴンが守っていた『もの』を見つけて外に出ないと、魔物が集まって来て、脱出が難しくなるだろう。

 分かっているのだが……

 ドラゴンの奥にある扉を開けた瞬間、ゾーマは呆然と立ち尽くしてしまった。


 その部屋には、彼の予想通り、一人の女性が閉じ込められていた。

 粗末な椅子に、背筋を伸ばして座り、金の瞼に縁どられた大きな緑の瞳をまっすぐこちらにむけている。

 その佇まいからも、薄汚れているが上質な絹のドレスからも、彼女が何者なのかは明らかだった。


 ゾーマは人の美醜を気にしない。そのようなもの、面の皮一枚の違いでしかないと思っている。

 しかし世の中には、その面の皮一枚で全てを説得させてしまうような美しさがあるのだと、知った。

 そのくらい、目の前の女性は美しかった。


「あぁ。私を助け出してくださる方がいらっしゃるだなんて!」

 ゾーマが言葉を失い、その女性に見惚れていたら、彼女の方から口を開いた。その容姿に相応しい、ころころと鈴を転がすような、可憐なソプラノだった。

「わたくしは、ラダトームの王女ローラと申します」

 やはり。

 予想通りの人物に、ゾーマは膝を折る。無茶をしてでもドラゴンを倒すだけの価値があった。

「勇者様、あなたのお名前をうかがってもよろしいかしら」

「ゾーマと申します」

 当然のように差し出された手の甲に、そっと口をつけた。

 ローラ姫はその手を胸の前で重ね、視線を落とす。長いまつ毛に影が落ち、愁いを帯びた表情となった。

「もし貴方がおいでにならなければ、私はいずれ竜王の妻に……ああ、考えただけでも怖ろしいですわ」

「間に合って、良かったです」

 ええ、と彼女は笑顔を浮かべた。

 彼女はとても美しい。暴力的なまでに。

 これを、絶世の美女と言うのだろう。

 だが、違和感がある。その口調、その仕草に、演技めいたものを感じた。その違和感のせいで、好感を抱くことが出来ない。

 逆に警戒心を抱かせる。

 生まれた警戒心が、彼女を見た時の驚きを吹き飛ばした。ゾーマはいつもの思考と冷静さを取り戻し、紳士的な当たり障りのない笑みを浮かべる。

「陛下も大変心配しておりました」

「そう……」

 ローラは頷き、椅子から立ち上がる。

「わたくしをお城まで連れて帰ってくださいますのね?」

「勿論です」

 そのために来たのだ。ゾーマは頷き、彼女を抱き上げた。小さな驚きの悲鳴が聞こえたが、この高貴な女性を運ぶ方法は、それ以外に考えられない。

「不快かもしれませんが、しばらく我慢してください。すぐにラダトームへ帰りますので」

「いえ。いいえ!」

 慌てたような声が耳元で聞こえた。今までのどんな声よりも生気に満ちた声だ。

「ローラは、嬉しゅうございます……」

 まただ。

 すぐに演技臭い声に変わる。

 何を企んでいるのか、気になった。このまままっすぐラダトームに戻ったら、彼女と話す機会はなくなるだろう。彼女の考えを知るのは、今しかない。

 ゾーマは腕の中の姫君を覗き込む。

「もし、急がないようでしたら、少し寄り道をしていってもよろしいですか」

「寄り道、ですか?」

「ずっと閉じ込められていたのでしょう? すぐそこにマイラの温泉があります。そこで身体を清めるといいでしょう」

 ひゅっと息をのんだ音が聞こえた。

「わたくし、臭い!?」

 再び声に生気が満ちる。この声は、嫌いじゃない。

「いいえ」

 ゾーマは苦笑する。

「信じられないくらい、いい香りですよ」

 本当に。

 ずっと閉じ込められていたとは思えないくらい、彼女からは心地よい香りがした。

 本当に美しい人とは、五感の全てに、美を押し付けてくるのだろうか。

 それとも、もしや、ずっと閉じ込められていたわけではない?

 そんなまさか。

 ゾーマは首を左右に振った。



 マイラに着いたゾーマは、宿を取り、ローラを露天風呂へと案内した。

 宿の主人に頼み、風呂を貸し切りとしてもらいゆっくりとくつろいでもらう。世話は宿屋の女将にお願いした。

 風呂から出てきた彼女は、濡れた金髪を揺らしながら、とてもきれいな笑顔を浮かべていた。

 ゾーマは今、彼女の部屋の前に立っている。扉に背を向け、門番のように。

 魔物がはびこる世の中なのに、意外と客がいるらしい。宿屋には二部屋頼んだのだが、一部屋しか用意してくれなかった。なのでゾーマは今日、寝る部屋がない。マイラの街中にある森で寝ようと思っている。街に囲まれた中庭のような森は魔物が出ないので、普通の野宿よりも快適だろう。

 そんなことを考えていたら、背後の扉が開いた。振り返れば、開いた扉の隙間からローラが顔をのぞかせていた。

「ちょっと、よろしいでしょうか?」

 可憐な声でそう訊ねる。ゾーマは社交辞令の笑顔で頷き、彼女の招きに応じた。


 部屋には一人では余るくらいの大きなベッドと、小さなテーブルセットがあった。テーブルセットの椅子の一つにローラは座る。粗末な椅子だが、彼女が座ると玉座のように見えた。

「どうぞ」

 彼女は上目遣いで彼を見て、対面にある椅子をすすめた。だが、ゾーマは扉の前に直立したまま、口を開く。

「貴女の企みを、教えていただきたい」

 無礼であることは承知で、ゾーマは彼女の言葉を無視する。美貌を武器に逃れられてはたまらない。

 案の定、ローラはゾーマの硬い口調に瞼を揺らし、瞳を潤ませた。

「企みだなんて……そんな」

 ゾーマは冷たい視線で彼女を見据える。彼女の言葉にも、仕草にも、何も感じない。

 すべてが嘘くさいのだ。

「……なぜ、わかったのですか?」

 次に開いた言葉には可憐さはあったが、儚さが消えていた。潤んでいた瞳は乾き、上目遣いは相変わらずだが、今は睨んでいるように見える。

「演技が過剰なのですよ」

 ゾーマは初めて、本当の笑みを浮かべた。途端にローラの白い肌が薔薇色に染まる。

 演技であることがばれたのが、そんなに恥ずかしかったのだろうか。


「流石ですわね」

 ローラはため息をついた。

「もしかして、マイラに宿を取ったのは、それを知るためでしょうか?」

「ちょっとした好奇心です。話す気がないようでしたら、このまま部屋を出ますが?」

「席についていただけませんか?」

 ローラがにこりと笑う。今までの儚げな微笑みとは違う、快活な笑みだが、それはそれで十二分に美しい。

 ゾーマは、椅子に座った。


「ゾーマ様には夢がありますか?」

「夢?」

 脈絡のないローマの問いに、ゾーマは首をかしげる。昔は、そういうふわふわとしたものを、抱いていたかもしれない。だが、いまは、ない。

「将来の絵図などありますか?」

 それは……あった。

「ドムドーラの鉱山を使って、街の活気を盛り返す事、でしたね」

 豊かな鉱脈であった鉱山は、魔物が出る前から採掘量が徐々に減ってきていた。それは、沢山の鉱山を持つロイト家と、その恩恵にあずかる街の人々にとって、悩みの種だった。追い打ちをかけるように鉱山に魔物が住み着き、そこへ行くこと自体が難しくなってしまった。

 それをどうにかし、再び活気を取り戻すことが、ゾーマのやるべき事だった。

「しかし、全て、過去の話です」

 故郷は魔物によって滅ぼされた。彼の描いた将来の図は、ビリビリに破り捨てられた。

「あぁ」

 ローラが溜息をつく。その憂いを満ちた表情で、彼女があの町の事を知っていると分かった。

「申し訳ありません」

「貴女が謝ることではありませんよ」

 本当に申し訳なさそうにする彼女に、ゾーマは優しく返す。

 事実を口にして痛むような感傷は、もうない。いつまでも失ったものを嘆き足踏みをするよりも、次へと進むべきだと言う事を、彼は知っている。

「ただ――そうですね。まだ、『ロトの末裔』の使命を終えた後の事は、殆ど考えられていません」

 町を復興すると言う選択肢はあるが、以前ほど明確にその絵図を描くには至っていない。

 現在を進むので精一杯で、その先を見据える余裕がないところが、ゾーマの限界なのだろう。


「わたくしには、夢があります」

 ローラは語り始めた。

「それは、ずっと叶わないものだと諦めていました。しかし、ひょんなことから、夢を叶える好機が訪れたのです」

「まさか、それが竜王の登場?」

「間接的にはそうなりますね」

 あっさり頷かれて、ゾーマは困惑する。

「一体、その夢とは何なのです?」

「ゾーマ様は、外海を見たことがありますか?」

「この旅で、見る機会がありました」

 彼女の質問は、話の本筋からどんどん離れている気がする。しかし、なぜ、とは聞かずに、素直に答えた。それは、彼女が話を逸らすためにその質問をしているようには思えなかったからだ。

「恥ずかしながら、わたくしは見た事がありません。ゾーマ様は、外界を見た時、どう思われましたか?」

 ローラの質問に、ゾーマはガライの町から見た大海を思い出す。どこまでも続く碧い海を。

「果てしない、と思いました」

「あの先には、何もないと思えました?」

「それは……」

 外海の先には何もない。海の果ては闇に沈み、命あるものは阻まれる。それがこの世界の常識だ。それを否定するものは、嗤われる。

 しかし――

「世界に終わりなどなく、あの海原が延々と続くのではないかと、錯覚しました」

 そのくらい、広かった。

「そうです」

 外海を知らないにもかかわらず、ローラは訳知り顔で頷く。

「わたくしは、外海の先に、新たな世界が広がっている事を、ある筋から知ることが出来ました。わたくしは、そこへ行きたい」

 少し違いますね――正確に言うと。と、彼女は言いなおす。

「新しい世界へ、一緒に行きたい人がいるのです」

 翠の大きな瞳を輝かせて、言った彼女の言葉は力強く、とても魅力的だった。

「そのためには、『竜王』を倒す必要があるのです」

 竜王を倒すための勇者を呼び出すため、ローラは竜王に捕らえられた。

「それが、わたくしの企みです」

「私に、竜王を倒させるため」

 はい、と彼女は真顔で頷く。

「沢山、ご迷惑をおかけしてしまいました。申し訳ありません」

「そんなことで……」

 ゾーマは大きくため息をついて、天を仰いだ。

 そんなことで、このお姫様は、不自由な洞窟に半年以上も閉じ込められていたのか。

「そんなことをしなくても、それが私の役目です」

 ゾーマはロトの末裔である。世界を闇から救い出すために存在する。

 応じるのが遅くなったのは、それを知らなかったから。彼の力を必要とする町の人々が隠していたから。そして結局、それは姫がさらわれようとどうしようと、関係なかった。

 ……いや、言い訳に過ぎないか。

「むしろ謝るのは、私の方でしょう。動くのが遅くなってしまい、申し訳ありません」

「いいえっ!」

 ガタン、と椅子が鳴る。ローラが勢い良く立ち上がったのだ。

「いいえ、いいえっ! いいんです。今はわからなくてもいいんです。だから――」

 だから、謝らせてください。

 金色の瞼を伏せ、彼女は吐き出す。しかし、ゾーマにはそこまで謝罪される理由がわからない。分からない理由での謝罪を、受け入れることはできない。

「保留にしましょう」

 ゾーマはローラの背後へと進み、椅子の位置を直す。ローラは、そうですね、と呟き、椅子に座った。ゾーマもそれに合わせて、向かいの席に座る。

「では、教えてください」

「?」

 ローラはきょとんと彼を見る。

「まだ腹案があるのでしょう? 話によっては、協力させていただきます。」


 ローラは今後の展望を語った。

 上に立つものとして育て上げられていた姫の話は、とても理路整然としていて、わかりやすい。そして、彼女の企てはとても面白く、ゾーマは夢中になって聞き入ってしまった。

 彼女は頭が良い。

 そして、その奔放な気質は、ラダトーム城で一生過ごすには、あまりにも狭すぎる。

 話を聞き終えたゾーマは、大きく頷いた。

「私も、貴女の策に乗りましょう」

「本当ですか!?」

「ただ、私からもお願いが」

「はい」

 ローラの顔に緊張が走る。そんな彼女を安心させるよう、ゾーマは笑顔を浮かべて口を開いた。

「貴女の話を聞いていて、私も外の海に興味を持ちました。なので、護衛としてで構いません。一緒に行かせていただけませんか」

「え?」

 一瞬、彼女は呆ける。

 ゾーマの言葉が予想外だったのだろう。予想外と言う事は、差し出がましい申し出だったのかもしれない。しかし、か弱き女性の旅だ。男の護衛は、いた方がいい。絶対に――と言うのは建前で、純粋にゾーマもあの海の先を見てみたくなっただけなのだが。

 さて、どう説き伏せるか。

「嬉しい!」

 説得する言葉を探そうとしたとき、彼女が飾り気のない満面の笑みでそう叫んだ。

「ありがとうございます、ゾーマ様!」

 美しい翠色の瞳をキラキラと輝かせて、彼女は再び語り始めた。

 勇者と王女、二人の語らいは、夜が更け、朝日が顔を出すまで続いた。


「そういえば」

 朝日を浴びて目覚めた小鳥の声が窓から聞こえてくる。ローラの美しい瞳は寝不足で充血していたが、生き生きとしており、変わらず美しかった。

「姫様と一緒に行く人とは、どういう関係で?」

 アレフガルドでは一緒にいられないと言うその人。用意した船で落ち合うのだと言うが。

「唯一無二の親友よ」

 一晩で、ローラの口調は砕けた。互いに、敬語を使わないでくれと頼んだ結果だ。

「会えばすぐわかるわ。一度見たら忘れられない、美しい深紅に髪を持った子よ」

「深紅」

 風になびく鮮やかな紅を思い出す。

 まさか?

「その人は、女性?」

「女の子よ。もしかして、もう会ったことが……って、ゾーマ?」

 まさか、まさか……

「ふーん……そういうことね」

 意味深に呟くローラの声など、聞こえなかった。


 充実した一晩を過ごし、宿を出る。

 姫として敬う気持ちはゾーマにもうなく、あるのは年上の賢き友人としての尊敬だけだ。たが、一応外聞と言うのがあるので、来た時同様、彼女を抱きかかえて外に出た。

 まずはラダトームへローラを送る。彼女は自分の城から、ゾーマを補助すると言ってくれた。

 そして、竜王を倒し、光の珠を取り戻す。そのためにはロトの紋章が必要だが、手掛かりがない。アレフガルドを巡り情報を探す必要がありそうだ。

 昨日までと、目的は変わらない。

 なのに、やる気が全然違う。なにが勇者だ。故郷と親しい人々を滅ぼされた恨みより、世界を救うという大義より、ただ一人の女性に合うと言う不純な動機が、何よりも士気を上げている。

 哂ってしまう。自分は、単なる男だと思い知らされて。

 だが、悪くない。

 全く悪い気はしなかった。


「昨夜はお愉しみでしたね」

 夜を徹した二人に何を想像したのか、宿の主人が卑下た笑みでそう言った。

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