女神達の遊戯


ドムドーラ

「お願い。彼を、助けて」

 真紅の瞳を潤ませて、少女が駆け込んできた。小柄な彼女の腕の中で、若い男が眠っている。その散々な姿を見て、墓守は苦笑を浮かべた。

「見事に焼かれたな」

「笑っていないで!」

「まあ、落ち着け」

 彼女が驚きの腕力で軽々と抱えている少年は、身体の至る所に火傷を負っていた。服は焦げ、深い蒼の長い髪も焼けて無残な姿になっている。両腕の火傷が酷い。しかし、身体の重要な部分をその腕で守ったのだろう。命にかかわるような事態には陥ってはいなかった。

「あぁ……どうしよう。一生残る傷になってしまったら」

 少年を抱えたままおろおろする彼女に、そこに下ろせと磨かれた石の上を指し示す。ロトの石碑と呼ばれるこの平らな岩は、ロトと伴侶が眠るこの墓であり、診察台ではない。が、別に構わないだろう。そんなことで気を悪くするような奴等ではない。むしろ、積極的に使えと言う筈だ。

「やり過ぎなのよ、あの子は」

 お前の制御がへたくそだからだ、と言うのは酷だろう。彼らを完全に御するには、彼女は若すぎる。彼だって、完全にそうできるようになるまでには、気が遠くなるような月日が必要だった。

 墓守は何も言わず、治療を始める。魔法の光に照らされて、彼を持ってきた少女の姿が浮き上がった。

 人と呼ぶにはあまりに異常な姿をしている。

 純白の肌に突き出た漆黒の角。鋭い牙が小さな口から覗いてている。瞳はほとんどが真紅の瞳孔であり、耳はエルフよりも尖っていた。

 魔物。

 そう定義できるだろう。

「化けの皮がはがれているぞ」

「今はそんなことどうでもいいでしょ!」

 必死な有様が可愛くて、親ばか――正確には、養父ばかか? ――だと思いつつも彼は笑った。からかわれたと思った半魔の少女は、白眼のない瞳でギロリと墓守を睨む。しかし、生来気の優しい少女は、すぐに愁いを帯びた表情に戻り、倒れている少年へと視線を落とした。

「私が、回復魔法を使えればよかったのに」

「向き不向きはある。しょうがない」

 彼女の両親は、共に炎の魔法のエキスパートだったが、治癒魔法は使えなかった。

「なんでも使える貴方に言われたくないわ」

 拗ねた口調で言い返す。癒しの光によって確実に傷が消えているのを見て、落ち着いてきたらしい。それにつれて、肌に赤みが差し、角が縮む。鋭い牙はチャーミングな八重歯となり、耳も美しい真紅の髪に隠れた。

 だいぶ、うまく人の形になれるようになったものだ。

 その原因を考えると、命を育み繋ぐ運命にある者達と言うのは、本当に興味深い。

「それよりも、長居していいのか? 治ればすぐ起きるぞ、こいつ」

「……よくない」

 彼女はまだ、彼と会う事は出来ない――一度、こっそり会っているが、そこは目をつぶっている。一陣の風のような出会いだったから。

「こいつは、大丈夫だ」

「息のある状態で貴方のところに連れてきた段階で、そんなこと分かっているわ」

 信頼してくれるのは嬉しい。

「では、お願いします、フェル」

 彼女は頭を下げてから、背を向けた。

「カグヤ」

 墓守は、その背中に声をかける。

「辛い思いさせて、ごめんな」

「ううん」

 母親譲りのくせのない真紅の髪が揺れる。

「私が撒いた種だもの」


 そう、確かに種をまいたのは彼女――いや、彼女達だ。

 だが、撒かれた種を枯らさずに、敢えて芽吹かせたのは、彼女達ではない。



 冷たい背中の感触で、ゾーマは目が覚めた。

「おう、おはよう」

 眼を開けたら、石造りの天井が見えた。平らな石の上にいるのだろう、背中がひんやりとする。ここはどこだ、と、天井を眺めながらぼんやり考えていたら、銀の髪と金の瞳が視界に入ってきた。

「墓守」

 寝起きのかすれ声で、彼を覗き込む男を呼ぶ。伸びをしながら、ゾーマは身体を起こした。

 彼がいるという事は、ここはロトの洞窟なのだろう。しかし、なぜここに寝て……

「わぁっ!?」

 ゾーマは自分のいる場所を把握し、驚いてそこから転げ落ちた。

 ここはロトの石碑の上ではないかっ!

 石碑を囲む花畑の中に座り込み、呆然と先ほどまで自分が寝ていた墓を見上げる。なんという罰当たりな。なぜ、自分はこんなところで暢気に寝こけていた?

 美しく磨かれた石碑を眺めながら、記憶をたどる。そうだ、ゾーマはこの洞窟の反対側にある、マイラとリムルダールを結ぶ洞窟にいたはずだ。そこでドラゴンと対峙して、そして……

「お前が助けてくれたのか?」

 負けた。

「俺は、運ばれたお前を回復しただけだ」

「そうか、ありがとう。礼を言う」

 ゾーマは礼を言い、顔を上げる。

「誰が運んでくれたんだ? その人にも礼を言いたい」

「匿名希望らしい」

 あっさりと拒否された。

「謙虚な人だ」

 しかし、嫌な感じはしなかったので、ゾーマは薄く笑う。では、恩人に考慮し、心の中で深く感謝するだけに留めておこう。

「で、なにをやって、こんな事になったんだ?」

 墓守の問いかけとともに、ゾーマの頭上に柔らかな何かが降ってきた。拾ってみると、どうやら服のようだ。焼けてボロボロになってしまった服とあまり変わらない、旅人用の服とマントだ。

 これを着ろ、と言う事らしい。

「ドラゴンと戦った」

「ドラゴン」

 ゾーマは服を着ながら説明をする。

 一通り説明が終わったら、墓守が呆れたように溜息をついた。

「この格好でドラゴンと戦おうだなんて、無謀だな」

「私も、そう思う」

 墓守の指摘は正しい。だがゾーマは、ある鎧以外の鎧を着る気が無かった。

 その理由を、おそらく墓守は察している。だから、彼は、ゾーマに布製の服を着替えに渡した。

「分かっていて、なぜ挑んだ?」

「なぜだろう?」

 ゾーマは天井を見上げた。

 あの洞窟も風通しがよく、驚くほど清々しかったが、ここの比ではない。どんなに快適さを求めても、所詮は人工の穴ぐらなのだ。

「不憫だと、思った」

「不憫?」

「あの洞窟の奥で、あんな魔物に見張られて、長い時間少女が閉じ込められていると思ったら、何もせずに去ることなどできなかった。一刻も早く外の空気を吸わせてあげたかった」

 多分、一番の理由は、それ。

 あとは、ドラゴンに勝てそうな理由を作って、自分を納得させて、挑んだ。勝てない理由だってあるのに、それを見ようとしなかったのは、戦わない選択肢がゾーマの中にすでになかったからだ。

「今だって、すぐに助けに行きたい。だが」

「だが?」

「まずは、ドムドーラへ行く」

 ゾーマは立ち上がり。石碑に立てかけてあった剣を腰に佩いた。

「私の鎧を取り戻さねば」

 ああ、と墓守は溜息のような相槌を打つ。こいつは溜息ばかりついているな、と、他人事のよう眺める。

 口にしたら、お前のせいだ、と、溜息交じりに言われるだろう。



 アレフガルドには、ラダトームと並ぶ大都市がある。南の城塞都市メルキドだ。

 両都市を行き来するには、大陸を大きく西回りに迂回しなくてはいけない。両者の間には誰も立ち入ることが出来ない内海と、魔の島があるからだ。

 大陸をほぼ半周する行程の間には、大きな川や山脈をいくつも越える必要があった。その道のりの中で、最大の難所と呼ばれているのが、広大なドムドーラ砂漠である。

 アレフガルド最大の砂漠にある唯一のオアシスには、同名の町がある。オアシスで休憩する人々のために、商人が店を開いたところから始まった町だ。

 後に、北の山から宝石が、南の山から鉄が発掘されるようになった。更に砂漠の底にオリハルコン等の希少金属が眠っていることがわかり、この町は鉱山の町としても栄える事となる。


 世界に光をもたらした伝説の勇者ロトが、不毛のドムドーラを終生の地と定めた理由は、わからない。

 だがロトは、縁も所縁もないこの地に人知れずやってきて、住み着いた。そのまま四百年以上、ロトの血を継ぐ者は、この地に根付いてきた。

 ゾーマもドムドーラで生まれ育った。

 ロイト家は、ロトの末裔というだけでなく、多数の鉱山の所有者でもあった。ドムドーラ周辺の鉱山は、殆どロトが見つけたのだと言う。町に伝わる鉱山発見の物語は眉唾だとゾーマは思っているが、確かな事も幾つかある。ロトは、見付けた富を独り占めすることなく、町の人々へも還元した事。そして、その風習が今まで受け継がれ、ドムドーラは小さくも豊かな町だった事だ。

 そんなロイト家は町の顔役であり、それゆえゾーマは大事に育てられた。両親は早くに亡くなったが、もう一つの顔役である防具屋一家を筆頭に、町中の皆がゾーマの後見となってくれた。

 防具屋の娘とは幼馴染で兄妹のように育ってきた。同年代の友人もいた。共に学び、鍛えあった者たちが、いた。


 しかし、今はもう、誰もいない。


 ゾーマは、ドムドーラ砂漠の中心にある、瓦礫の前で立ち止まった。

 砂漠特有の乾いた風が、彼の短くなった髪を弄ぶ。ドラゴンにって焦がされた髪は、墓守が切り揃えてくれた。髪に未練は無い。切るより伸ばして結んだ方が楽だったから、伸ばしていただけで。

 ゾーマはマントのフードを被り、再び歩き出した。


 ここは、ドムドーラの街だった。

 この街は、一晩で消えた。

 一晩で町並みは破壊され、人が絶え、魔物が跋扈する地となった。

 つい最近の話だ。

 魔物が人の前に姿を現すよりも、竜王が光の球をラダトーム城から奪うよりも、ローラ姫が竜王にさらわれるよりも、それよりももっと、もっと、最近の話。

 ゾーマが南東のメルキドまで、防具屋の手伝いでメルキドまで仕入れをしに出かけている間に、それは起こり、そして、終わっていた。

 あの日、魔物の大群が砂漠を越え、ドムドーラの街を襲ったのだろう。結果しか見ていないので、想像でしかないが、間違ってはいないはずだ。

 この地の価値は鉱山だが、街自身に価値はないとゾーマは思っている。人であれば、街と、街に住む人々が持つ鉱山の所有権を欲するために街を攻めるかもしれない。だが、魔物に人のルールは通用しない。鉱山を欲するのであれば、鉱山そのものを占拠すればいいのだ。実際、最近鉱山には魔物が出ており、採掘が困難になってきていた。それだけいいのだ。街を襲う必要など、無い。


 この街を襲う理由があるとすれば、一つ。

 竜王とそれが率いる魔物達の脅威となりうる存在の排除。

 再び来るであろう闇に対抗するための光。ロトの末裔――つまり、ゾーマだ。


 魔物が街を襲った日、肝心のゾーマがそこに居なかったと言うのは、なんという皮肉な話だろうか。


 街だった場所に足を踏み入れた途端、キラーリカントが焼けて枯れた木の陰から襲い掛かってきた。

 入口すぐにあるこの木は、街の外に出る者達の待ち合わせ場所としてよく使われていた。ゾーマも、あの日、その木の下で幼馴染から弁当を受け取った――防具屋の女将が作った弁当は、いつも美味しかった。幼馴染の方は、料理が下手だったが。

 あの日のお弁当は、半分女将作で、半分が幼馴染の作品だった。

 ゾーマは、もう二度と味わうことのできない彼女の独特な料理を思い出しながら、淡々と剣を振るう。

 あの日、メルキドから帰ってきて、魔物の巣窟となったこの町で最初に出迎えたのが、やはりこの魔物だった。あの時は全く太刀打ちできなくて、悔しさに歯噛みしながら逃げ出した。

 しかし今は違う。

 ゾーマはキラーリカントの攻撃を余裕を持ってかわし、その首筋に剣を一閃させる。無防備な首に一撃を食らったキラーリカントは、派手に血を巻き上げて倒れた。今のゾーマには、眉を顰めながら吹き出す血を避けるだけの余裕すらある。

 出会い頭の一匹目を倒してから、改めて街を見回す。破壊された町並みによって、全体的に家の背が低くなったために、大変見晴らしがいい。ゾーマの視界に、彼が目指すべき場所もはっきり見えた。

 街の反対側、小高い丘の上にある家。そこに寄り添うように立つ、一本の高い樹。家は屋根が落ち、壁が半分崩れている。樹は半ばで折れて枯れていた。それでも間違えない。あれがロイトの――ゾーマの――家だ。

 そして、そこへの道をを阻むように、魔物が待ち構えているのも見えた。

 あからさまな布陣に、ゾーマは苦笑する。

 どうやら魔物達がここに居る理由と、ゾーマが目指す物は、同じらしい。奴等はあれを見つけたのだ。そして、それがゾーマの手に戻る事が無いよう、見張っている。

「しかし、あれは返してもらう」

 ゾーマは凛とした口調で、立ち塞がる魔物達に向かって静かな声で言う。

 奴らが守るあれを返してもらい、そして、ドラゴンを倒し姫を助け、竜王を倒し世界を救う。

 平和になった世界で、この街を再興する。放っておけばおそらく砂漠に飲まれ、跡形も消えるであろう故郷を。

 故郷の愛していた人々にできる弔いは、それくらいしか思いつかないから。


 目的の場所まで、町を大きく迂回し敵の目を避けながら進むか、敵が待ち構える最短の道を堂々と進むか。ゾーマは迷わず後者を選んだ。

 敵とは互角以上に渡り合えている。

 洞窟で敗れたドラゴンを目にしたときは、さすがに一瞬身体が強張った。だが、ドムドーラを蹂躙しているドラゴンは、洞窟にいたそれよりも二回りほど小さかった。炎の勢いは弱く、動きも遅い。他の魔物と強さは大差なく、ゾーマは難なく倒すことができた。あの洞窟にいたドラゴンは、同種の中でも特に強い個体だったのだろう。だから、特別な任務を与えられた。

 ゾーマは足早に進む。襲ってくる魔物だけを機械的に倒しながらも、その表情はどんどん暗くなっていった。

 間近で見た町の惨状に、心が痛む。

 一体、どれだけの人が犠牲になったのだろう。魔物の襲撃から逃げられた人はいたのだろうか――今まで行った場所で、故郷の人々には会えなかった。メルキドに逃げていてくれればいいのだが。


 炎を湛えたドラゴンの口へ、鋼の剣を突き立てる。炎が霧散し、ドラゴンは音を立てて倒れた。魔力の塵となって消えていくドラゴンの前を通りすぎ、ゾーマは足を止めた。

 振り返れば、眼下に壊れた町が見える。屋根が大きく崩れ落ち、中が丸見えの家も少なくない。大量の魔物を倒したせいか、それとも元々そうだったのか、ところどころで紫色をした毒の靄が立ち込めているのが見えた。

 そして、再び向き直る。目の前には、町の家より少し大きな家があった。やはり、壊れている。家の半分が崩れ落ち、そこからボロボロになった生活空間が見えた。

 ゾーマの家だった場所。

「ただいま」

 まさか、こんなに長く帰れないとは、あの時は思いもしなかった。

 中途半端に残っている建物は、失った日常がありありと思い出されて、却ってつらい。

 ゾーマは家から目を逸らし、家の脇を通り過ぎた。ぐるりと裏手に回る。そこには、樹齢四百年を超える樹が立っていた。不毛の地に、ロトの仲間が贈ったものだと言われている。ロイト家の、そして、ドムドーラのシンボルとして、親しまれていた。

 それは不思議な樹で、葉も、皮も、根も、実も、万病を癒す薬となった。最も不思議なのは、本当に必要な時しか、その癒しの効果が表れない事だ。

 しかしその不思議な力は、樹自身には効果がなかったようだ。

 魔物の襲撃によって、折られ、燃やされたらしい樹からは、生命の力を感じない。

 なんて言うことだ。

 こいつらは、街の人々も、この地の歴史も、すべてを壊しつくしてしまった。

「許さない」

 絶対に。

 ゾーマは青い瞳に激しい怒りの炎を湛え、剣を構える。

 樹の前に、大斧を持った鎧の魔物が立ち塞がっていた。

 悪魔の騎士。

 ゾーマが求めるものを守る、最後の障害である。ゾーマは怒りを込めて、その魔物を睨み付けた。


 堂々と現れたゾーマに、枯れた樹の前にいた魔物がガチャガチャと鎧を鳴らして威嚇する。

「どけ」

 ゾーマは樹の前に立つ悪魔の騎士を見据えて、口を開いた。

 ゆっくりとした動作で、マントのフードを取る。乾いた砂漠の風が、短くなった青い髪を揺らした。

「その樹の下にある物を、返せ」

 剣を構えながら、睨み付けた。ゾーマの言葉を理解したのか、敵意を感じたのか。ゾーマの言葉を合図に、悪魔の騎士は大ぶりの斧を振りかざし突っ込んできた。

 ゾーマは半身になり、剣を持たないほうの手を悪魔の騎士に向かって掲げた。彼の意志に応じて、魔力の炎がその手に宿る。向かって来る魔物へ、ゾーマはその炎を投げつけた。魔物は斧を振り下ろして、炎を両断する。炎は魔物に届く前に散ってしまったが、斧を振り下ろした魔物の上半身に、大きな隙ができた。ゾーマは、武器を振り下ろしたせいでがら空きになった肩へ、片手で持った剣を突き刺す。

 硬い。

 鎧の継ぎ目に剣は刺さったが、片手ではそれ以上動かない。

 ゾーマは剣を両手に持ち替えた。力を込めて剣を押し引く。しっかりとした手ごたえを感じた。剣は鎧の継ぎ目を切り裂き、悪魔の騎士の片腕が斧ごと落ちた。ゾーマは落ちた腕を即座に魔物の手の届かないところへと蹴とばす。

 空虚な鎧の魔物に、痛覚はないのだろうか。悪魔の騎士は痛むそぶりをみせず、無感情に残った腕を水平に振り回して反撃してきた。間一髪でそれをかわす。

 態勢が少し崩れたが、悪魔の騎士はその隙を狙うことはしなかった。

 代わりに、兜の奥に、怪しげな光がともる。

 ゾーマの眼と意識が、その光へと吸い寄せられる――光とともに、闇の中へと深く深く落ちていく。どこまでも、どこまでも深く――と、そのとき、片側のこめかみに衝撃が走った。

 衝撃とともに光が戻る。

 ゾーマは片手でこめかみを押え地面に倒れていた。魔法だ――睡眠魔法にかかっていたのだ。

 幸い魔法の効きが浅かったために、一度の攻撃で目覚めることができた。ラリホーは効きが良いと、死ぬまで目覚めない場合がある。

「マホトーン」

 ゾーマは立ち上がりながら、封魔の呪文を唱える。兜の奥で光り続けていた怪しい光が、呪文に呼応し消えた。魔法が効いたのだ。

 魔法を封じられた悪魔の騎士は、素早く攻撃に切り替える。その姿からは、相変わらず、なんの感情も読み取れない。機械的に敵を排除しようとしているようにしか見えない。

 ゾーマは苦笑を浮かべて頭を振る。殴られたこめかみがズキズキするが、魔法で回復するほどのものでもない。ただ、少し集中力が落ちているようだ。余計なことを考えていた。

 敵は、常に臨戦態勢だというのに。

 悪魔の騎士は、片腕で襲い掛かってくる。それをゾーマは身体を少し逸らすだけで避けた。剣を持たない手を、兜の面の部分に手をかざす。

「ベギラマ」

 再び、炎を呼び出す。

 今度は、魔物の鎧の中へ。


 悪魔の騎士が、初めて音を発した。

 それは、鉄を引っ掻くような、不快な絶叫だった。

 炎が予想以上に効いている。

 ゾーマは距離を取り、両手で耳を押える。まともに聞いたら、耳も頭もおかしくなりそうだ。

 悪魔の騎士は、鎧の隙間から炎を漏らしながら、のたうち回った。不快な悲鳴をあげながら。そのうち、継ぎ目が焼け焦げ、腕が落ちた。足が崩れ、鎧が音を立てて地面に落ちる。頭がうらめしそうにゾーマの方へ向き、そのままポロリと落ちた。

 それと同時に、硬い鉄の鎧が崩れ始める。

 塵となった鎧は、砂漠の乾いた風によって、空へと散っていった。


 倒した。

 ゾーマは殴られたこめかみを押えながら、息を吐く。

 にわかに周囲が騒がしくなった。

 何事かと振り返れば、眼下に広がる街から、魔物達が一目散に逃げだしている。鉄を引っ掻くような悪魔の騎士の断末魔に、魔物達はこの地を守る最も強い者が倒されたと知ったのだろう。

 呆れるくらいの引き際の良さだ。あっという間に、街を蹂躙していた魔物達は、砂漠の先へと消えていった。


 ソーマは無人となった街を一瞥し、踵を返す。

 塵となって消えた悪魔の騎士の跡を踏み越え、枯れてしまった樹の前で膝をついた。

 砂の大地をまさぐり、砂に埋もれた取っ手を見つける。両手でそれを持ち上げると、ぽっかりと穴が開いた。

 人の身体が入るか入らないかの大きさの、レンガで周囲を補強された穴。

 その中に、光り輝く青い鎧が収められていた。


 これが、魔物達が守っていたもの。

 そして、ゾーマが装備する、ただ一つの鎧。


 ロトの鎧。

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