どたどた、と音がする。
こんな音を立てて走るのは……結構たくさんいるわね、そう彼女は苦笑した。
「どうした?」
いつも不機嫌そうな、正軍師の声。
「誰の足跡かな、って思って……良く考えたら、いっぱいいるなぁ、と」
「一番最初に出てきたのは、誰だ?」
あ……彼女は、彼を見上げる。まさか、こんな会話に乗るとは思っても見なかった。
「シュウ兄さんは、誰が出てきたの?」
「……クラウス、お前は?」
「え? ええっ! 私ですか」
いきなり振られて、クラウスは慌てる。こんな足音を立てて走る、この城の住人と言えば、一番最初に思い浮かぶのは……
「一緒に言いませんか? 余りにわかりきっている答えですので」
落ち着いて、そう切り出す。眼には悪戯っぽい光。
「じゃあ、外したらしばらく会議室の掃除、な」
真面目な顔をして、どうでも良い罰ゲームを持ち出す、正軍師。しかし、二人の副軍師も乗り気だ。せーの、でその名を言う。
「「「ナナミ……」」」
「シュウさーん」
ドン! と激しい音を立てて、彼らの語っていた会議室のドアが開いた。
「あれぇ? アップルちゃんも、クラウスさんもいるぅ」
あたりだな。眼で語るシュウ。くすくすと忍び笑いをするアップルとクラウスに、ナナミはちょこんと首をかしげた。
「あのね、あのね。友達が出来たの!」
この軍のリーダー、ユウをひっぱってやってきたナナミは、開口一番そういった。
「友達? 仲間ではなくて?」
「うん、友達だよ」
ナナミは満面の笑みで頷く。
「すごいんだよぉ~~。きっと、見たら驚くよ!」
ほら、ユウ、呼んで来て。と、ナナミはユウの背中を押す。ぶつぶつと何か文句を言いながらも、ユウは、その『友達』を呼びに、会議室の外へと出て行った。
彼らに出来た、新しい『友達』が、入ってくる。
アップルは。その人物と一瞬目が合った。
……あ!
そう思った時には、ふいっと、外される。
露骨に……
あぁ、やっぱり……
彼女も、彼を見れなくて、眼を伏せた。
「アサ・マクドールさん。シュウ、知ってる?」
「マクドール? 知ってるも何も……」
南のトラン共和国、その英雄ではないか。建国からずっと行方をくらませているという話だが。
「バナーであったんだ。ナナミが、どうしても、って言うから、頼んできた」
それに諾と言った。なら、ユウもその存在を欲していたというとか。シュウは、彼らの連れてきた『友人』を見る。
小さい、思ったよりも。背は、ユウより小さく、少し細い。深い青い瞳には、見た目以上の落ち着きを感じられた。眼の輝きだけ、それだけがアンバランスで危うい感じを醸し出している。
「友人ですか……あなた方の『友人』を拒む理由は、こちらにはありませんね」
『友人』を、ことさら強調する。友人以外であったら、受け入れない、そういう意思表示だ。
「宜しくお願いします。僕にも実家に待っている人がいるから、長居は出来ませんが」
高い声だ。まだ、幼い。これが、本当に3年前のあの戦争を率いた人物なのかと思えるほど、幼い。その声が、悪戯にここの結束を乱すようなことはしない、と言っている。
「宜しくお願いします」
それなら、と、シュウは軽く頭を下げた。
わいわい騒ぎながら会議室を後にする彼らを、アップルは眼で追いかけた。眼は、自然と緑のバンダナをした少年のほうへと向く。
彼がこちらを向けば、その視線はすぐに別のほうへ行くくせに……
ふと、彼を想っていた人が、ここにいるのを思い出した。彼女は、彼の来訪を知っているのだろうか?
「アサ! ……さん」
尻つぼみの呼びかけ。それに大きな眼を見開いて、ゆっくりと振り向いた。驚いている。多分、私が呼びかけたことを。
そして、怯えている? 何故?
「……あの、カスミさんには……会いました?」
「え? いや、会ってないけど?」
そして、その顔が綻ぶ。ふわりと浮かぶ笑顔は、見た目よりも、実年齢よりも遥かに大人びていて……
「ビクトールとフリックには会ったけどね」
それが、気に入らなかったのだ、私は。
「『旧友』には会いたいな」
私がどんなに罵声を浴びせようと、こうやって笑って、先生と顔を見合わせる。それが、3年前の私の神経を逆撫でした。
「カスミさんに会ってあげてください!」
声を荒げて、叫んで。ああ、私は、あの時と、ぜんぜん変わっていないのだ。そう思い知らされる……まだ、子供。シュウ兄さんにも片手であしらわれてもしょうがない。
自己嫌悪で、声が曇っていく。
「あのひと、ずっと気にしてたから……」
「ありがとう」
ぱぁっとアサは破顔した。え、とアップルが戸惑うような幼い笑顔。
「お、お礼なんて言われる様な事ではありません!」
照れてしまって、思いっきり眼をそらしてアップルはそう怒鳴った。
だから、気付かない。アサの顔に浮かんだ、表情に……
「んでね、だから……アサ?」
ナナミは、窓に腕をついて外を眺めている少年を覗き込む。
ずっと話の相手をしてもらっていたのに、さっきから返事が無いなぁ、って思っていたら、やっぱり聞いていないようだ。
「どうしたのっ!」
パン! と目の前で手を鳴らす。流石にビクッと肩を震わせて、アサがナナミのほうを向いた。
「……あ、御免」
「どうしたのぉ? 心配事?」
「『カスミさん』に会わなくていいの、アサ?」
もうさっきから、話の輪に加わる気も無い。そういう振りをしながらしっかりナナミの声を聞いていたユウが、訊いて来る。
「カスミさんって、トランの忍びだよね?」
「ん、そうだね。まぁ、今日前の仲間がちょっとした宴会開いてくれるみたいだし、その時でいいかな、って」
「ふーん」
そのまま、また、そっぽを向く。
「でもさ、アサ。なんでアップルちゃんは、カスミさんのことを挙げたの? ビクトールさんや、フリックさんじゃなくてさ」
その二人を彼が心配する理由、彼らがアサに会わなくてはいけない理由は知っている。かれらは、最後の最後でアサを守るために殿を勤め、そのまま3年も行方不明になっていたからだ。因みに、それに対する報復は、もう済ませてある。
しかし、何故、カスミ?
「んー……まぁ、色々と、ね」
アサは曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
『貴方のせいで……貴方が巻き込んだから、マッシュ先生はっ!!』
三年前のあの言葉。
皆が喜びで沸き立つ中、そこから隔絶された世界のように、その天幕は静かだった。
周りの歓声は、別世界のもので。ここにあるのは、深い哀しみと死の臭いで……
ずっと、彼女は自分を責め続けていた。勝てば勝つ程。失った者に対して哀しみ、失わせた者を哀しみ。
アレは、自分の最後の良心だ、と、そう思うことにした。
彼の軍師は戦を嫌っていた。それを、強引に連れてきた、という罪悪感。それが無かったわけではない。
マッシュ自身は、自分で選び取った道だと言うだろう。それは、自分がこの右手に、呪いの紋章を受け継ぎ、そして、父と戦い、一つの国を滅ぼす道を選んだ、それと同じ事。
しかし、自分は割り切れていなかった。アップルが現れて、自分を堂々と批判して、そして始めて安心した。
アレは、自分の最後の良心だ、と、そう思うことにして。
マッシュが最後の力を使い果たして、そしてそれを目の前にして……
謝っていない……いや、謝った。いや、許しの言葉を聞かずに逃げた。なら、自分は謝っていない。
目が、見れなかった。
彼女だけだ、そうなのは。
「アップルだって、子供じゃないんだぜ」
真っ赤な顔をしてビクトールは乱暴にアサの背中をたたく。彼の手にも、アサの手にも真っ赤なワインがあった。
「あの時だって、解ってたって」
「それは、解ってるよ……」
「じゃ、問題ねぇ。ちょっとこのビン持って、お酌して来い」
「え?」
「いけって!」
どんっ!と力いっぱい押されて、数歩よろける。恨みがましい眼をビクトールに向けてから、アサはアップルの方へと歩を進めた。
「アップル……」
「はい?」
くるっと振り返った彼女の顔は真っ赤だ。あ、止めたほうがいいかな……そう思った瞬間、どすっと隣の椅子へと座らされていた。
「私が、先! グラス出して!」
「え、あ、はい……」
そこへ、溢れんばかりにワインを継ぎ足す。
「飲む!」
……目が、据わっている。アサは、しぶしぶそれを口にした。ワインは、ビクトールががめて来たもので、それなりに美味しい。
「貴方に言わなくちゃいけないの!」
その勢いのまま、アップルはろれつの回らない口で言った。
「ごめんなさい!!」
「な、何が?」
ぶんっと勢い良く頭を下げた所為か、少し目が回ったらしいアップルは頭を暫く押さえて、
「いなくなっちゃうんだもの、言いたい事もいえやしない……」
怒った口調でそういった。
「私、子供で、貴方の事考えないで、一杯文句ばっかり言って、困らせて……」
「困ってなんか無かったけど?」
「うそでしょ~~。私だったら、怒ってるわよ」
だいぶ良いが回っているらしい、ふらふらと、手を振る。
でも、ちょっと臆病になっていたアサにとっては、丁度よかった。
「むしろ、スパッと文句を言ってくれて、嬉しかったんだ。アップルに褒められる様に頑張ろうって。君はすっごく難しい事を言ってくるからね。でも、それが僕の一番望んでいた事だし……」
誰だって、誰もを傷つけたくないのだ。それでもやらなくてはいけない、決めてしまった。でも、我が侭な事を言うと、誰もを傷つけたくなかった。
マッシュは、その方法を考えてくれた。自分は、そのために、人を集めた。そして、誰よりも人を傷つけるあの国を滅ぼした。それについては後悔していない。誇りを持っている。
「ただ、結局君に謝らなくてはいけない事しか出来なくて、で、逃げちゃって……今日君を見た時、文字通りあわせる顔が無かったんだ」
ごめんなさいと頭を下げる。
暫くアップルはその言っていることを反芻して、
「なんだ、私たち、一緒だったのね」
そう笑った。
「頭、痛い……」
次の朝。
アップルは、ナナミの持ってきた水をゆっくりと飲んで、机に突っ伏した。
所謂、二日酔いだ。だけど、それごときで休んでいるわけにはいかない。まぁ、仕事ははかどらないけど……
「大丈夫、アップルちゃん?」
心配そうに覗き込むナナミに、アップルは、ぜんぜん説得力の無い声で大丈夫と返した。
「本当?」
「ん……ほんと」
体は確かに重いけど、心は軽かった。
3年間くすぶっていた言葉、酔いに任せてだけど吐き出せて、とっても気持が良かったのだ。
アップルと、坊ちゃんの仲直り。
片方は、ずっと罵声を浴びせ続けた後ろめたさ。片方は、大切な先生を引き込んで、挙句に死なせてしまった後ろめたさ。
それを、「お互い様」で仲直りするのは単純すぎるのかもしれないけど、あの二人には仲良くなって欲しかったから、書きました。
しかし、相変わらず、締め方が下手です。出だしを思いつくほうが多いからだろうなぁ……
これが、七棒の予定だっただなんて、誰が信じる?