「あれ?」
懐かしい声を背後に聞いて、彼は後ろを振り返った。
「ああ、やっぱりそうだった」
その視線の先にいるのは少年。彼の所に軽快に駆け寄ってくる。
「久し振りだね」
「あ……ああ」
彼は曖昧に返事を返した。驚いたのだ。彼に出会った事もあるが、それよりも、彼が自分とわかった事に。
「よく、わかったな」
「うーん。何と無く、君じゃないかと思ってね」
自信はなかったんだけどね、と笑う。
「青くないフリックを想像するのが難しいのと同じくらい、黒ずくめじゃない君は、珍しい。」
ね、クライブ。そう笑う少年を、呆れたように彼――クライブは見詰めた。
そう、デュナン湖を中心に繰り広げられた戦争の後、彼は独特の黒いマントを脱いだのだ。それ以来、知己の人物にあっても声を掛けられるような事はない。むろん、自分から声を掛けるほどの愛想もない。
だから、久々だった。黒ずくめの自分を知っている人物に会うのは。
「どうしたの? 心境の変化?」
澄んだ夜空の色の大きな瞳をくるくるとさせて少年は訊ねた。その問いは無視して、クライブは逆に少年に訊ねる。
「そう言うお前は如何した? 金魚の糞は?」
少年は爆笑する。けたけたとお腹を抱えて大笑いする。
「金魚の糞かぁ……グレミオも可愛そうに。うん、でも上手いなぁ」
そしてまた笑う。
「グレミオは家だよ。好い加減、僕もヒトリダチしたいからね。ま、きちんと理由と行き先を言ったら許してもらえたよ。なんとかね」
「確かにあれは過保護過ぎるな。トランの戦争の英雄を何時までも子供扱いしてる」
「何時までも子供だからね」
はっとクライブは目を見開く。彼に課せられた重い宿命……右手のものを思い出す。
「……すまない」
「なに謝るの?」
ちょこんと首を傾げた。その動作は、見た目の年以上に幼い。これがトランの英雄か……そう疑問に思うくらいその少年は幼く、屈託が無かった。その顔が、すぅと大人びる。実年齢よりもさらに落ち付いた目をする。どちらも本当の彼。それは危うく、しかし強い。
「もう、事実は僕を傷つけないよ」
全てを受けとめた少年の言葉は、重い。
クライブは苦しそうに瞳を閉じた。
「じゃ、最初の質問に戻そうか」
クライブは、ち、と舌打ちする。覚えていたか。忘れていて欲しかったのに。
「黒ずくめの怪しい人から、ちょっと目付きの悪い普通の旅人になったのは如何して? もう、いいの?」
彼は当然だが知っている。クライブがある一人の女性を追っていたのを。普通に考える「女性を追いかける」ではない。あれは仇だった。そのついでとばかりに二つの戦争に手を貸した。最初に会った戦争のリーダーが彼だったから。
「あれは、死んだ」
少年はちょこんと首を傾げる。良く意味が掴めないらしい。
「ここに墓がある。あれは、ここで死んだ」
ああ、と嬉しそうに目を細めた。あまりに露骨な表情の変化にクライブは肩を落とす。
「諦めたんだね、坊ちゃんは」
クライブは、更に肩を落とした。脱力したと言うべきか。まさか、「坊ちゃん」に坊ちゃんと呼ばれるとは……不本意だ。ふぅと溜息を吐いたら、くすくすと笑い声が聞こえた。
「でも、全てを納得して諦めた、ってところ?」
「まあ、そんなとこだ」
クライブは、始めて彼に笑い返した。それに驚いた少年を見て、再びにやりと笑う。
「そもそも、二足草鞋で追い付けるような女じゃないんだ」
クライブは「その女」の墓にどかりと腰を下ろした。そこで丁度、小さなこの少年と目の高さが一緒になる。当時……成長を止めた時は確か15か、それにしては、この少年はひどく小さい。
「それは思ったね。それでも物好きに二つも戦争に参加してるんだから、笑える」
本気で捕まえる……殺す気だったの? ずっと抱いていたであろう疑問を、ここで始めて少年は投げかけた。クライブは、そうか、と思う。そうか、矢張り第3者の目から見て、自分の行動は何処か矛盾していたのだ。あの女を追い駆ける為の手段を求めそのお礼をして更に足止めを食らっていた。それで追い付けるわけが無い。
「追いかけている時は本気だったさ。ただ、心の奥深くでそれを拒絶していた。全身で嫌だと言っていた」
だろうねぇと言う相槌。
「それに気付いたから、追いかけるのを止めた。気付かされたのは、あの姉弟だな」
くすくすと少年は笑う。
あどけない表情で、誰よりも子供っぽいしぐさをしながら、誰よりも大人なこの少年と正反対の、もう一つの戦争のリーダー。子供の癖に一生懸命大人ぶって、親友と袂を別って平然と振舞おうとしていた。
それがあまりにも滑稽に見えたのだ。馬鹿な子供だと思った。
その義姉が、一生懸命彼の心の本音を主張した姉が死んだ時だろうか、その時、クライブも知った。自分の中にある、彼と同じものを。
「本当は嫌だったんだ。姉の様に……姉以上に慕っていたあの人を殺すのが。それを自覚した時、もう、出気ないと思った」
だから、諦めた。そう言って少年のほうを見たら、深い笑みを浮かべていた。あどけない笑みでは無い。彼本来の持つ、大人の笑み。
「そっか……良かったね」
うんっと、背のびをした。そして、僕もね……と静かに語り始める。
「決着をつけるためにここに来たんだ」
「決着?」
うん、と少年は首を縦に振る。
「僕自信の、あの戦争の決着」
ああ、そうか。クライブはわかった。彼は、平気な顔をしていたが、まだ、平気ではなかったのだ。何かが終わっていなかった。それを聞こうと思ったが、止めにした。それを聞くのは野次馬根性でしかない。それに、彼は、そこで自分に吐き出す必要などないだろう。
「やっと、この体で、未来に向かって歩こうって思えるようになった」
目を細めて空を見上げる。良い天気だ、と呟いた。
「今度会えるのは何時だろうね?」
「知るか……」
「また、偶然会いたいな。其の時は、どんなクライブになってるんだろ?」
俺もだ、とは言わなかった。ただ、静かに墓石から立ちあがった。
「じゃあ……」
「うん」
さようなら、が言えない少年だ。だから、クライブは彼にむかって、こう言った。
「またな」
「うん、またね!」
嬉しそうに、彼は満面の笑みを浮かべた。彼にそう言う顔で見送ってもらえる自分は幸せだ、そう思えた。
時が進む……そう感じれた。
過去掲示板100番目の書きこみありがとうのリクエストです。遅くなりました~~
坊ちゃんとクライブ……う~~む(滝汗)
クライブイベント失敗の、うちのデータのクライブと坊ちゃんです。
お前追いかける気が無かったろ? うん、実は……そんな会話のお話です。
あまり、身がありません。
久々の幻水で難しかったかも……