かの人を待つ

 切り立った崖。
 その傍にある大きな岩には、そう遠くない昔に刃物で切られたような傷が、交差して二つある。
 彼はそれにそっと手を触れた。
『約束の場所』
 だと言う。
 離れ離れになっても、再び出会えるようにと願った場所。
 その傷には強い想いがこもっていて、少し暖かい気がした。
「羨ましいな……」
 彼は、小さく呟いた。彼が「親友」と呼んだ唯一の人は、この世にはいない。この傷を触れている右手。その右手にある紋章を自分に託し、最後には、それに自ら喰われた。
 それ以来、彼は心から「親友」と呼べる存在を作っていない。作るのが恐ろしくなるくらいの事を、彼は経験した。
「彼は、来るのだろうか……」
 この地の話を聞いて、来てみたくなった。そして、お節介だとも知りつつも、もしここを彼が覚えていて、ここに来たのなら……


 伝えたい事があるから。


 会いたい。
 心のそこからそう思って。それ以上にここ以外に行く場所が分からなくて、彼はそこに座っていた。
 自らの信じる事の為に、自ら振り払ってきた存在。
 それに、酷く会いたい。
 そう思ったとき、ずっと忘れていた約束を思い出した。
 今は亡きハイランドと、都市同盟の国境で、自分たちが所属していたユニコーン部隊が壊滅した場所に。
 自分達の運命が、大きく動いたその場所に。
 
 彼は自分の右手にある紋章を眺める。
 黒い、剣の形をした紋章。
 無力な自分を責め、闇雲に力を求めた。乗り気でない彼を必死で説得し、しょうがないなって顔をした彼と供に歩いた。
 黒き刃の紋章
 刃とは、人を傷つける為のもの。物を壊す力。
 あの時、最も必要だと思った力だった。
 守る為には力が必要で、その力というのは純粋な暴力だと気付いたのは、つい最近。
 自分たちの大切なものが、なくしてはいけない唯一のものが永遠に失われた時。


 どのくらいの時間、この場所にいただろうか。
 うとうととしていたジョウイは、人の気配を感じて眼を開けた。
 写るのは、長い影。その影の元をたどると、自分と同じくらいの歳の少年がいた。
 逆光のせいで、よく見えない。
「アレク!」
 見えないから、その少年をジョウイは、彼が望む人だと思い、彼の名前を呼ぶ。しかし、その語尾は小さくなっていった。
「……じゃない」
 よく見れば、背格好は似ているが全く違う。緑色のバンダナを頭に巻いた少年だった。
 どこかで見たことがある……様な気がする?
 その少年の口が開く。
「なに……やっているの?」
 何処までも深い色を持つ瞳に射抜かれ、ジョウイは思わず眼を反らした。その瞳に、自分の罪を見抜かれそうで。
「貴方には、関係の無い事です」
 射抜かれた視線に耐えれなかった事、人違いをしてしまった事、色々な感情が相まって、ジョウイの言葉はすねたようになってしまう。
 同じくらいの歳なのに、なぜかずっと大人の人のように思える。この国を揺るがした自分が、酷く小さな存在のように見えて、この戦が終盤に入った辺りからずっと頭の中にあった問いが、強く存在感を現す。
 彼なら、それを知っているような気がして。でも、初対面の人に、そんな事聞けるほど誇りが無いわけでもなく……
 沈黙をしていたら、先に口を開いたのは向こうだった。
「彼は、来ないよ」
 彼は、冷たいとも言える口調でそういった。
「アレクなら、ここには来ない」
「……!?」
 驚愕のあまり、ジョウイは持っていた棍を取り落とす。乾いた音が夕焼け色の世界に響いた。
「エルクは今、自分の責任を果たしている」
 あくまで淡々と、少年は語った。
「自分の壊した秩序と、自分が守った秩序に対して責任を取っている」
 ゆっくりと少年はジョウイが落とした棍を拾い上げた。
「偉いよね、彼はあの小さな体で皆の期待に応えている。痛々しいくらい、健気に」
 ちょっと軽いかな? と少年は棍を軽く振った。
「大切なものを失ったからといって、悲嘆にくれることも出来ない。そう言う存在だと自覚している」
 彼は、一瞬、痛みをこらえるような顔をした。しかしすぐ、無表情に変わる。
 表情を変えないまま、ジョウイの棍を軽く振り回し、ぴたりと彼の鼻先につけた。
「君は、どうなんだ?」
 真っ直ぐに見詰めてくる瞳。それだけが彼の感情を表している。
 これは、怒りか? いや、憤り? ……何故?
 この約束の相手。敵対したジョウストン同盟の新勢力のリーダー。彼の、アレクの事を知っていると言う事は、彼は同盟軍の『108人の将軍』の一人なのだろうか?
 運命によって導かれたと言う108人の。
「貴方は、一体……」
「先ず、僕の質問に答える。そうしたら、僕も答えよう」


 君は、君の責任を果たしたか?


 押し黙ったジョウイを、アークは無表情で見詰めた。
 本当に大切なものの全てを失おうとしているアレク。それを見かねて、お節介を焼きに来た。
 誰にも言えない、彼が待つ『大切なもの』の一つを取り戻しに。
 案の定、そこに、それはいた。

 ジョウイ・アトレイド

 同盟のかつての代表、ミューズ市長アナベルを暗殺し、ハイランドにて出世。皇女ジルと結婚をし、最後のハイランド皇王となった少年。
 都市同盟の核であり、そのハイランドと敵対、滅ぼしたアレクとしては、二度と相容れることのない人物。
 しかし、彼らは親友だった。
 そして、彼らは待っていた。

 アークはふっと顔を綻ばした。優しい、落ち着いた声音がその口から紡ぎ出される。
「アレクは、守るべきものが、やるべき事が多すぎて、ここまでこれない」
 だから、待っている。
「仕事が終わってから、夜が更けるまで。彼はミューズの城門の前で、君を待っているよ?」
 いつか、君を待っていたときのように。変わらず彼は、待っている。
「アレクは……待っているんですか? 僕を、待っていてくれているんですか!?」
 あぁ、とアークは微笑む。
 彼はいつだって待っていた。再び自分の横に、金色の髪の親友が立ってくれることを。
「そうか……待っていて」
 小さく呟く。しかし、ジョウイは首を横に振った。
「でも、僕は、会えない」
 会えない。友を裏切り、大切なものを失わせた自分。会いたくても、会えるような身分でもない。
「でも、待っている。二人とも待っているんだ」
「でも行けない。僕たちは、終わったんだ」
「始まってすらいないじゃないか!」
 アークは声を荒げた。
「君たちの右手にあるものはなんだ? それは不幸の紋章なのか?」
 厳しい声に、ジョウイは声を失う。
 瞳の奥にだけ浮かんでいた表情、それが全身に現われている。
 そう、アークは苛立っていた。
 剣と盾。二つの紋章。「始まりの紋章」
 それは、それを持つ者をそれと同様に分かつのかもしれない。しかし、それを越えて「始める」事も出来るのではないか? 分かつ不幸を受け入れて、紋章に飲み込まれて、よしとするとは一体どういうつもりだ!
 アレクも!
 ジョウイも!
「アレクにも言った……」
 アークはおもむろに右手の手袋をはずした。
 そこにあるのは、黒い紋章。友の、形見。
「……ソールイータ。生と死を司る紋章。なら、貴方は……」
 ジョウイが呆然と呟く。
「災いをもたらす呪いの紋章。親しいものの魂を喰らうと言う紋章」
 淡々とした声で、アークは自らの手に宿る紋章について語った。
「君たちは違うんだ」
 呪いの紋章なんかじゃない。君たちの紋章は始まりの紋章。
 名前からして、こんなにも希望に溢れたなの紋章が、他にあるか?
「始めるんだ」
 恐れる事はない。
 剣と盾を突き合わせた形の、哀しい戦争は終わったのだ。今度は、剣と盾を携えて、新たな世界を始めればいい。
「苦しみも、哀しみも始まるかもしれない。でも、確かに喜び、楽しみも始まる筈なんだから」
 アークは突きつけていた棍をジョウイに渡す。
「行きなさい」


 アレクが、待っている。


「はい」
 暫くの沈黙の後、ジョウイは晴れやかな笑顔を向けてアークに頷いて見せた。
 有難う御座いますと、その表情のままの明るい声で言い、デュナンの都市同盟のほうへと去っていく。それをアークは見えなくなるまで見詰めていた。

 彼等の行く先に、幸せあれ

 祈る事は許されるであろうか?
 彼等の前途を祈る事は、許されるのだろうか?
 許されないとしても、祈りたい。
 運命に翻弄された子供たち。必死に生きた彼等の明るい未来を、祈らずにはいられない。
 重ねて見えるのは、彼の親友。失った、大事な人たち。
 待つことを許されなかった、自分。
 お節介なのかも知れない。しかし、願わずにはいられなかった。

今回の話は、過去の遺物(なんせ、前世紀の物)同人誌「Arc The Lad」の「Jouy The Lad」の焼き回しになります。
かなり加えているけど。
話的には、2終了直後。約束の地にもいかずに、そのままEDを迎えた、一回目プレイの後始末の妄想で御座いました。
その後彼らがどうなったのかは、私も知らない(をい)

2003-05-16
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素材:トリスの市場様