熱狂が渦巻く、グレッグミンスター。
そこの喧騒を背に、小さな影が、その場を後にした。
坊ちゃん……いえ、アーク様は、ずっと前から、そうすることを決めていたんです。
血相を変えて詰め寄る者に、クレオは無表情でそういった。
ここは、グレッグミンスター、マクドール邸。嘗ては、その豪華な家には、其れに相応しい賑やかさがあった。しかし、それは2年も前の話。今は、この豪邸には彼女、一人しかいない。この家は、先日までの戦争で、今のこの家の主人と彼女以外、全ての住人を失ってしまったのだ。
家は、小奇麗だった。前の主人をなくしてからつい先日まで、誰も住んでいないというのに、だ。彼女がこの数日でここまで掃除をしたのだった。全ての思い出をかみ締めながら。
この家の今の主人は、アーク・マクドール。先日までの戦争の、勝利者側を率いていた人物だ。この戦の、『英雄』である。
しかし、彼は勝利の祝賀会の最中から、消息を絶っていた。
血相を変えた上層部は、真っ先にクレオに問いただした。しかし、彼女は沈黙で、其れに答えたのだ。彼女の強さは知っている。一度言わないと決めたら、絶対に言わないだろう。諦めて、彼らは自らの手で探す事を決めたのだ。
時と人があれば、今でも、そうしていただろう。
そうもいかなかった。先の戦争で、策として利用したデュナンの同盟。彼らが占拠した北方を奪還しなくてはいけなかった。
英雄の不在は、民を不安にした。だから、せめて見つかるまで、それまでの安定が必要だった。それには、北方の奪還が必要だったのだ。いつまでも、占拠されっぱなしでは、格好もつかないし、嫌でもある。奪還する事によって、力を示す事も必要だった。
軍はしっかりしている。赤月帝国のあの軍勢をも破った、軍が、ある。内政も問題は無い。優秀な人材が、戦中から、集まっていた。
欲しいのは、カリスマ。皆の、核となる人物。
彼の不在は、民を不安にする。民とは、この、今クレオの目の前にいる者たちも含むのだ。
クレオは小さく息をついた。
そのくらいの事、坊ちゃんはわかっていた。それでも出て行ったのだ。それは彼らのためであり、トラン全土の民の為だ。そうでなくて、何故、あの人がこの地を離れられる?
アークは、この地を離れたくなかっただろう。生まれた地、愛する地、愛する人達が、眠る地なのだから。
「アーク様は、トランが、この地が大好きなんです。」
クレオは静かにそう言った。
「なら、なぜっ!?」
「だから、出て行ったのです……例え帰って来たとしても、それは、この屋敷の主人としてのアーク様。それだけです。私は、この屋敷の主人の留守を任された者でしかありません」
深々と頭を下げる。解って、くれ、と。
「アーク様は、おっしゃっていました。自分がいなくとも、皆がいるから、大丈夫だ、と」
「無責任ではないか!?」
一人が怒鳴る。それに対する周りの反応は、多種多様であった。頷くもの、目を伏せるもの。首を振るもの……
「アーク殿は、『あれ』を気にしておられるのか?」
尋ねたのは、レパントだ。其れにクレオは、曖昧に笑って返した。
「不自然だ、とは言っていました。それに、アーク様の望んでおられたこの地は……」
「皆が王になっちゃえばいいんだ」
その突拍子も無い事に、クレオは眼を見開いた。皆が王? どういうこと?
「皆が王様で、為政者を任命するんだ。任命されたものは王様の意を汲んだ政治を行う。民が王様だからね。王様の意向は、民の望みだ」
面白い、考えですね……と、呆気にとられながらクレオは言ったのだ。
「民主政治だと? そういうことか……」
クレオは頷く。それが、彼の望んだ事。そのためには、彼はここにいてはいけないのだ。
「それに……」
クレオは、心の中でアークに謝りながら、言葉を続けた。
「坊ちゃんは、多くのものを亡くしました。戦争とはそういうものだとはわかってます。誰もが何かをなくし、しかし、何かを手に入れた。坊ちゃんは、あなた方という多くの仲間を手に入れましたが、同時に、多くのものを失っているんです」
この館が、こんなに閑散とする程のものを失っているのだ。父を、友を、仲間を、そして付き人……いや、それ以上の人を。 「まだ、あの人は18。子供なんです……」
彼女の目の前にいるもの達に、同情の色が見え始める。
「わかって、下さい」
静かに頭を下げる彼女に、これ以上いえるものはいなかった。
嘘、であった。
彼らを黙らせた、あれは。
クレオは自室に戻ると、深くため息をつき、ベットに座り込んだ。
確かにアークは18だ。あの戦争が始まったのは、リーダとなったのは16だった。
しかし、子供ではなかった。
現マクドール家の当主であり、先の戦争のリーダ。崩した秩序の上に立てる理想の秩序のために、大好きな地を離れた男。
失ったものを、その現実を冷静に受け止め、力にした。悲しみはあっただろう。身を引き裂かれるような、狂いたくなるような悲しみが。しかし、それを踏みしめ、上昇した。一言、死者にとらわれるのは、そのものに失礼だと言って。
子供に、いや、大人にも出来る行為なのか?
クレオは首を横に振った。
彼女の理解を、彼は越えているような気がしたのだ。
彼は、国境の村で水に糸を垂らす。興味深げに周りをうろうろする魚を、眼を細めて見ていた。
故郷の名は、トラン共和国。皆に選ばれた大統領、レパントが中心となり、皆で治める地。出来て3年の国。今、どこよりも平和な地だと、胸を張って言いたかった。
国は変わったが、人は変わらない。文化も、風習も、歴史も変わらない。自分が、好きだと言うのも、ぜんぜん変わらなかった。
暫くは、帰れない。そう、解放戦争の英雄の名が名前だけのものとなるまでは。しかし、それもそう遠くない気もした。あの国は、既に自分無しで動いている。
「……ん?」
魚が、忙しく動き回りだした。回りもざわついている。<
「なんだ?」
振り向いた。そこに、一人の少年。3年前の自分と同じ立場の少年。しかし、愛する故郷ではなく、見知らぬ土地で旗揚げをした、少年。
彼は、何を思い、何を抱き、この地でたっているのだろうか……
興味を、持った。
突発坊っちゃん話です。アーク坊で。パーンも、グレミオもいません。
ソウルイーターに囚われない坊っちゃんを描きたくて。むしろ、良い所の御曹司な感じを出しました。
ばかぼんということではなく、名家の嫡男的な?
故郷の英雄の彼と、故郷の敵国の英雄の2の主人公の対比ってのも面白いかな、と思う最近。
短いし、もやもやなお話しだけど、読んでくれて有り難うございました。