小さな世界

 そこは、確かに大きな牢獄だった。
 でも、あの時彼等は、本当に、満ち足りていたのだ。


 時は、バーハラの悲劇の数年後、皇帝アルヴィスが、最も充実した治世を行っていた時。
 ある大きな、華美では無いが荘厳で堅固な城の中庭で、3人の子供が遊んでいた。
 このちっぽけな世界の主は、とても愛らしく、見分けが付かない位似た顔だちであった。
 一人はここの城の主人と同じ、深紅の髪をした子供。そして残り二人は、質こそ違えど、美しい銀色の髪をしていた。3人の中で一人、雰囲気が違う子供がいた。どうやら女の子らしい。
 そっくりな3人の子供達は、周りが見ていて思わず笑みが溢れる程、無邪気に幸せそうに遊んでいた…

 彼等の世界は、其の城と中庭だけであった。
 しかし、彼等は其の世界で満ち足りていた。

 3人の子供は双子と其の従弟だった。しかし、ほんの数日しか違わない其の従弟とは生まれてから一緒だったので、兄弟同然であった。いや、兄弟以上、互いの半身と言っても良かった。そして、子供達には、愛する親が、自分達を愛してくれる両親が、二人ずついたのだった。
 子供達は、本当に幸せだった。
 そして、其れはずっと続くと思っていたのだ…

 そう、ずっと…


 『そこ』を前にして、アーサーは何とも言えない感情に襲われた。こういうのが胸が一杯と言うのだろうか…しかし、そんな単純な言葉で片付けてしまいたく無い、それは、喜び、悲しみ、懐かしさ、切なさ、楽しさ…様々な感情が入り乱れていた。
 言葉も無く立ち尽くしていると、繋いでいた右手をぎゅっと握られた。握られた、暖かい其の手の主を見て、アーサーは複雑な表情の笑みを浮かべる。
「『ただいま』…でいいのかな?」
「良いんじゃないの?で、私は『お帰り』って言えば良いのかしら?」
 アーサーと違い、つい最近まで『そこ』にいたユリアが、首を傾げる。彼女の頭をぽんぽんと軽く叩いて、アーサーは首を振った。
「だめだよ。皆で帰って来たんだ。」
 そして、ユリアの握られていない、もう片方の手が持っているモノに目を落す。
「3人で一緒に…」
「…そうね。」
 アーサーに釣られて自分の右手に抱えているモノに目を落したユリアが、ついっと顔を上げ、微笑んだ。
 握られた手をしっかり握り治して、二人は頷きあう。
 そして、同時に二人…いや、三人は『そこ』へと足を踏み入れた。

 3人の愛らしい笑い声が消えてから数年。
 3人は再びそこへ戻って来た…


  彼等に「出会い」はなかった。何故なら彼等は生まれた時から一緒だったのだから…
 だから、あれは、「出会い」ではあり得ない。そう、言うならば、「再会」なのだ。

 ほぼ、成りゆきと言った形で、アーサーは解放軍に入った。アルスターにいる妹に会いに行くと言う目的と、解放軍の進軍先が同じだからと言う、志高く入った人に顰蹙を買うような理由だが、そう、同乗させてもらった少女に説かれて、入る事にした。
 ペガサスナイトである相棒…フィーと、魔導師であるアーサーは、進軍を始めたばかりの人員に心許ない解放軍に歓迎された。
 そして、その晩、二人とドズルの兄弟の加入の歓迎会と、緒戦の勝利の宴のなかで、アーサーは銀の光を見つけた。
「え…?」
 思わず声を上げ、立ち上がる。アーサーの視線の先に気付いた、隣にいたフィーが意味ありげな笑いで絡んで来た。
「なぁに?可愛い子じゃない。好み?」
 それに、周りの解放軍の若者達がフィーの指差す方向を見る。そして、溜息を付いた。
「駄目だよ彼女は。」
 そう言ったのはアーサーの正面にいるレスターだ。
「敵が手強い。」
「敵?」
「そ、恋敵さ。あれは…なぁ。」
そう言ってレスターは隣にいるデルムッドに同意を求めた。全く酒に弱いレスターに対し、彼は強い方で未だ素面だ。酔っ払いに眉を潜めてデルムッドは沈黙する。代わりに答えたのはデルムッドと逆側に居たラクチェである。
「セリス様が、彼女にゾッコンv向こうはどう思っているのか分からないけどね。」
時間の問題かもよ。其れを聞いて、フィーはだってさ、とアーサーに向いた。
「…アーサー?」
 心、此処に非ず、だ。
「そんなに惚れた?」
 あまりにも様子が変で、少し心配になったので、控えめに冷やかしてみた。
「…ユリア?」
 アーサーの口からぼそっと出た言葉。
「彼女、記憶がないのよね…」
「記憶が?」
アーサーの言葉が聞こえたかどうか、ラクチェの放った言葉に、アーサーは今度は反応した。
「そ、レヴィン様にシレジアで拾われたらしいんだけど、それまでの記憶が全くないんだって。で、解放軍に来るまでレヴィン様に世話してもらっていたのよ。」
「レヴィン様に?」
 複雑な表情でそう言ったのはフィーだ。彼は、彼女の実の父だ。実の子の世話すらしなかったあの父が、まさか別の場所で全く別の子の世話をしていたとは…あれでもそんな事出来るんだと感心する思いと、何故自分達のところにいてくれなかったのかと言う怒りが湧いて来た。
「そうか…記憶が…」
 そう言って、糸が切れた操り人形のようにストンとアーサーは席に座る。その様子に、流石にラクチェ達が心配になって覗き込んだらいきなり顔を上げた。
「セリス様が…?」
そう言って、驚いた顔をしたアーサーに数人は思わず机に突っ伏す。
「反応遅過ぎ…」
「セリス様が、ユリアを…」
其れはヤバくないか、と、口の中で言う。
「で、レヴィン様は、何て?」
「凄い所を聞くなぁ…お前。」
そう言ったのは、ラクチェの隣にいるスカサハだ。
「渋い顔をしている。歓迎してないぞ、あれは。」
「解放軍のリーダーは恋する事もいけないのかしら?セリス様だって、人間よ。」
憤ったように言うラクチェの声を聞きながら、果たしてレヴィンは知っているのか、そう思った。

「ユリア…」
 宴も終わりに近付き、大分人が疎らになって来た。あまりそう言う場が得意ではないアーサーは、自然解散となって来たところで、早々と引き上げた。フィーはラクチェと意気投合し、ラクチェの親友、ラナと共に女だけの宴会を始めている。
「ユリア…」
 今日、解放軍によって解放されたこの城にも、中庭があった。誰もいない中庭に足を踏み入れて、アーサーは独り呟いた。気候が違う所為なのか、植わっている草木の種類が『あそこ』と少し違う。
「…え?呼びました?」
 誰もいないと思っていた中庭の中央から返事が聞こえた。すっとかげがうごいた気配がする。中庭の闇の部分から現れたのは、さっきまでアーサーが呟いていた名前の持ち主だった。
「あら?貴方は確か…」
 アーサーさん?と問いかけたユリアを見て、アーサーは泣きたくなった。
 本当に、記憶がないのだ。あの思い出をユリア『も』失っている。城の中庭を見てあの暖かい日々を、沢山の家族に囲まれた幸せな小さい世界を想うのは自分の他に、もう、誰もいないのだろうか…
「どうしました?」
「いや、何でもないよ…ところで、何で君は此処に?」
 確か、ずっと、セリスの傍にいたような気がしたのだが…
「疲れたので、部屋に戻る途中に、ここを見つけて、思わず寄ってしまいました。」
 そう言って、微笑む。その笑みが余りにも儚くて、アーサーは胸が痛くなった。果たして彼女は、こんな笑みを浮かべる子だったろうか…
「よく分からないけど私、こういう空間が好きなんです。なんだか、心が暖かくなるような、懐かしいような感じがして…」
そう言って、さっきよりも少し明るい笑みを浮かべた。
「私、小さい頃の記憶がないんです。そして、私の記憶の中にはこういうお城の中庭みたいな所で『懐かしい』と思えるような出来事も無かった…でも、何だか、泣きたくなるくらい懐かしくて…何かとっても愛おしいような…」
そう言いながら、ユリアは涙を浮かべた。それにアーサーは焦ってしまう。朴念仁で通って来た訳では無いが、『ユリア』にこういう事をされると、どうにも弱ってしまった。
「お、俺も、城の中庭が好きなんだ。」
そう言って、慰めるように頭をぽんぽんと叩く。昔、よく、父がそうやって自分達を慰めてくれた。
「俺には、小さい頃からの記憶があって、その中で一番美しくて、尊くて、暖かくて懐かしい思い出が詰まっている場所がお城の中庭なんだ…」
 ユリア、君達といた時の記憶が。そう言いたかったが止める。いきなり始めて会う人に、君との貴重な思い出が沢山あるんだと言っても、無闇に困らせるだけだから。
「もしかしたら、君の失った記憶の中に、俺の思い出みたいな暖かい過去があるのかも知れないよ、こういう場所に。」
 心の中で、もしかしなくてもあるんだよ。そう言いながら…
 そう言ったら、ユリアが、儚い笑みで返した。
「そうですね…有難うございます。」
でも、不思議。そう言って、胸に手を当てて目を瞑った。
「貴方と一緒にいると、その思いがもっと強いの…」
 有難う、ここで、貴方と出会えて嬉しかった。そう言って、ユリアは去って行った。

 記憶に無くても、心のどこかに残っている…
 あそこはとても小さな世界だったけど、とても眩しかった。美しかった。
 その思いでは、頭が覚えていなくても、心が覚えていた…
 そう思えて、何だか救われた気持ちになった。
 十分だった。

「運命の出会い?」
 そう思わなかった?と柱の影から現れたのはこの軍のリーダー、セリスだ。
「実は、僕はそう思った。」
「出会いじゃありませんよ…」
「え?」
「…すみません。失礼します。…今日はとても疲れたので。」
 そう言って、アーサーは逃げ出すように与えられた部屋へと向かった。

「熱望した再会なんです…」


 その世界は突然終わりを告げた。
 彼等の母の一人の悲鳴が終焉の始まりだった。

「アーサー!ユリア!」
 いつものように中庭で遊んでいた二人のところに来たのは、彼等の待っていたユリウスでは無く、彼等の父親の一人、アゼルだった。
「逃げなさい!」
「え、え??」
 いきなりの言葉に、幼い二人は戸惑う。
「ユリア、アーサー。今、大変な事が起こっているんだ。ディアドラ母様が殺された。」
 父の言葉にひゅっと息を飲む音が聞こえる。
「ユリア、お前も危険なんだ。いま兄さんが母様を殺した奴を足留めしている。今の内に、逃げるんだ。」
「で、でも、ユリウスが…」
 彼等が待っているユリウスが心配だ。
 それに、アゼルは心痛な面持ちで首を横に振った。
「ユリウスは、消えてしまった…」
 そして、彼は、後ろを振り向いた。そこに、蒼白になっている母親の一人、ティルテュが杖を持って立っていた。傍らには幼いティニーがいる。
「いい?ユリア…」
「いや!」
「ユリア!」
「嫌!ユリウスを探すの!母様を…父様を…」
 ユリアは泣叫ぶ。それを辛そうに見てアゼルはティルテュに頷いた。
「御免ね…ユリア…」
 杖が光を帯びる。
「嫌!逃げない!!」
「御免なさい…」
 悲鳴を残して、ユリアは、消えた。

「母様、父様…ユリアは…?」
 もう会えないの?と不安げにアーサーは聞く。
 死と言う概念をユリア程、明確に持っていないアーサーには、消えただの、死んだだのと言われただけの、ユリウスやもう一人の母よりも、絶叫して消えていったユリアの方が心配でならなかった。
 悲しい表情でティルテュは我が子を見る。自分には、自分の腹を痛めて産んだ子を含めて四人の子供が居た。
 そして、もう、半分がいなくなってしまった。
「御免なさい…」
 ティルテュには其れしか言えなかった。
「ユリアは、大丈夫だよ。ちょっとここが危険だから、私達の知っている人のところに逃がしただけだから。」
 そう言って、アゼルはポンポンと軽く頭を叩いた。彼が拗ねたり落ち込んだりした時にする慰めの動作だ。しかし、いつものような柔和な表情では無く、真剣な面持ちだ。
「また、会えるの?」
「大丈夫。アーサーが会いたいと思っていれば、会える日がくるよ。」
「また、ここで、皆で遊べる?」
「…うん、アーサーが大きくなってもそう願っていれば、きっと…」


「「ただいま」」
 二人は声を揃えて言った。そして、幸せそうに、本当に幸せそうに笑う。
 ユリアは、思い出の中庭をくるりと一周駆け回った。
「こんなにも小さかったのね…」
 軽く息を弾ませてそう言う。自分達の一番美しい思いでは、こんな小さな世界での出来事だった。
「ユリウスは、ここに眠らせたら良いと思うな。」
ユリアの抱えた物に目を向けてアーサーはそう言った。
「私もそう思ったの。ここだったら、きっと、いつまでも一緒にいられるわね。」
「そうだな。」
 そう言って、二人は、ユリアの持っていたモノを取り出す。
 其れは、少量の灰だった。
 彼等の半身のユリウスはあの時。この中庭の幸せな世界が崩れた時、消えた。彼の皮を被り、世界を恐怖に陥れたのはロプトウスだ。
 ロプトウスは、ユリウスの半身のユリアの持つナーガにより滅ぼされた。そして、最後に残った少しの灰を集めて、彼等は三人の美しい思いでの地、ヴェルトマー城に戻って来たのだ。

 二人はユリウスを手のひらに乗せた。
 懐かしいヴェルトマーの風が彼等を優しく撫でる。
 其れと同時に、この城の主となる筈だった少年を中庭一面に運んだ。


 そこは、確かに大きな牢獄だった。
 でも、あの時俺達は、本当に、満ち足りていたのだ。

この作品は、アサユリ同盟に投稿した物です。

……あの後、シレジアでアーサーは一人暮らしだって、何処にも書いてないじゃん!!(自爆)

実はFEでの文字は此れが始めてなのです。文章にして、少し自分のアサユリ像が出来たかな…
聖戦は最後まで未だにクリアしていないし、トラナナは持っていないし…と言う事で、妄想ばかり広がって出来た物です。気分を害した方がいらっしゃったら、スミマセン~~~
私の中のアサユリを過大妄想の中で書かせてもらいました。
『幼い二人のラブストーリーって、なんか…いい…v(まて)いつかそれをもっと掘り下げたお話を、ぜひぜひ聞かせていただきたいです★』
と、アサユリ同盟会長の篠原澪さんから会員証と一緒にメールで頂いたので、少し調子に乗ってみました。
入会の時に、『涙の中距離恋愛』等と書いておいて、ここでは見事に一緒にヴェルトマー入りしてます(爆)でも、ドラマ性をもたせるとしたら、こっちの方が幸せかや(方言)、と思ってそうしました。
しかし、アサユリと言うより、ヴェルトマーの子供達って感じの話ですね(苦笑)科白が全くないクセに赤毛の少年の存在が…
話の中で、時間をぽんぽんとばしてます。そして、言いたい事をただ単に羅列しました…
だから何時まで経っても『小説』じゃなくて『もじ』なんだ。
解説すれば、(解説しなくちゃ分からん自分の文章力が情けない)子供時代→聖戦後→アーサーとユリアの出会い…じゃなくて再会→子供時代→聖戦後、です。最初の子供時代は導入なので、聖戦後に戻って来て、あれこれ回想…というコンセプトだったのですが、失 敗してるし(苦笑)
一番苦労したのは、宴の、ラクチェ達の位置関係です。図に書いてあれこれ悩んでしまいました(爆)
最後に読んでくれて有難うです。

2001-06-11
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素材:トリスの市場様