復讐で生きていくのは辛く無いですか?
「やあ。」
聞き慣れない声が自分を呼んだ。怪訝に思って振り返ると、しかし、その顔は見覚えの無い顔では無かった。
記憶してしまう程見ていた其の顔を実際に眼にしたのはつい最近の…3・2日前の話だ。手配書の残忍な顔が記憶に濃いからだろうか、 未だにこの、声変わりが済んでも未だ高めの気持ちの良いテノールが此の人物から出ている事に違和感を感じる…
其の違和感だらけの声が優しく、嬉しそうな調子で有難うと言った。
「力をかしてくれて嬉しい。此処に…シルバーノアにいるのは辛い事かも知れないのに、それでも俺達に力を貸してくれて、精霊達を思ってく れて。」
其れにしても…そう言って続ける。
「エルクは、一つの事に眼が向くと、周りを何も見ずに突っ走っていくタイプだろ?」
「うっ…そ、其れは…」
あって数日の人間に言われたく無い。
「多少の矛盾も気付かず、周りの人間の事も思わず、ただ只管、自分の満足のいく結果に到達する迄走るタイプ、違うか?」
何で分かる…とは言えない。
「そう言うやつにはハッキリ言ったほうが良いって色々学んだからね。」
苦笑。口調はかなり意地悪だ。極悪犯罪人と言うのは誤解らしく、どうやらかなり真面目で偽善的な台詞を地で言ってしまうタイプだと思った が、どうやら其れも誤解らしい…かなり世間擦れしたおぼっちゃまらしい。
「まあ、あの状況なら俺を誤解しても無理ないとは思うけど、常識で考えればかなり無理があるのが気付かなかったのが笑えると言うか、 そんなに俺は老けているのかと落ち込むと言うか…」
「…?何が言いたいんだ??」
「…いや、別に。」
言いたく無い。君と俺は一つしか歳が離れていないのに、どうしてお前が子供の時に俺がお前の一族を襲えるのか… もしかして、あいつは俺の歳を知らないのでは…って言うか、トッシュと同じくらいだと思われたらショックだぞ。 実際、悲しいかな、そう思われている自信があったから、言わない。
それに、言いたい事は其れじゃ無い。
「エルク。」
アークは急に真面目な顔になって、確認したい事が有るんだ、と言った。
「君がここで此の力を使うのは何の為?」
「…え?」
「俺がシルバーノアに居ると知った時に炎を使った時はどういった感情で?」
「そ、其れは、仇…って、焼き殺してやる…って…」
いきなりの脈略の無い質問に、戸惑いながら答える。其の答えに、ふっと口を笑みの形にして勇者は続ける。
「大体の事を知った今、君は何の為に其の炎を使う?」
口は笑みを浮かべているが、口調が、眼が、どこか哀しそうだ…
「よく分からないけど、あいつらのやり方が赦せねぇ。」
だから打ちのめす。そう力強く言うエルクに今度は真面目な笑みで頷く。
「君の一族を襲ったのがこれだとしたら…」
またいきなり話を変えるアークにエルクは怪訝な顔をした。
「そうだとしたら、きっと君の本当の仇はスメリアの大臣、アンデルだろう…」
「…アン…デル?」
「ああ、そして突き詰めていけば、ガルアーノ、アンデルらロマリア4将軍とその背後にいる闇だ。」
「な…」
思い出す、あの光景。
一面が赤に染まったあの日。
記憶を消されていても、夢に迄見たあの時の事を…
「アンデル…4将軍…」
唇をぐっと噛み締めて、湧き出てくる何かに耐える。
許せない事が有ります。
消せない憎しみが有ります。
例えどんなに親しいものでも、分からないーそう、分かる訳が無い。
消してはいけない憎しみが有るのです…
「赦さ…ねぇっ!!」
絞り出すような声。追い詰められた表情。憎しみに満ちた眼…エルクを見て、アークは更に哀しそうに微笑む。
言いたく無かった。言わない方が良かった。しかし、いつかは分かる事。教えない訳には行かない。
自分達から抜けだせなくなる前に…
「俺も。」
下を向いて、アークが言う。
「俺も、色々あったから、奴に会ったら、憎しみにかられてしまうかも知れない…」
でも、其れじゃあ、駄目なんだ…
憎しみにかられて精霊を使う事は俺には出来ない。
其れはやつらと同じ事…
「ねえ、エルク。」
エルクの眼を見て言う。きっと彼は持っていない。
あの暗い眼は自分には出来ないだろう。
だって、持っているから。
其れが…あるから…。
「夢、持っている?」
仇が打てたら、どうするの?
君は未来を見た事があるかい?
夢は…ありますか…?
復讐で生きていくのは辛すぎませんか…?
体中が悲しみで一杯だ。
やるせなさ。そう言うのだろうか。
浮かんでくるのは彼の笑顔。
不思議な奴だった。
不思議と、憎しみは無い。
復讐は終わったのだ…
多大な犠牲と共に……
「畜生…」
何でだ。
何であいつらが死ななきゃならない?
一番未来を見ていたやつが、一番希望に溢れた奴が…
そんな奴が居なくなって、何故、俺がここにいる?
何故ここに一番いるべき人物がいない?
「エルク…」
背後で聞き慣れた声がした。
「リーザ…」
振り向くと、残った仲間が皆、こちらを見ている。
「みんな、それぞれの道を歩もうと思っているの。」
夢に向かって、理想の未来に向かって、残された希望を持って…
「だから、ここでお別れしましょう。」
「この日の事を忘れずに。」
「希望を胸に。」
「輝ける明日の為に…」
「エルク、私はね、モンスターと一緒に暮らそうと思うの。」
リーザが嬉し気に言う。
「モンスターと人間との掛け橋になりたいの、私。」
どっちも大好きだから、両方ともに仲良くなってもらいたい、そう言うリーザはとても素敵だった。
彼女は変わった。
始めてあった時は、内に籠り気味で、手を差し伸べてあげないと何も出来ない様雰囲気を見にまとっていた。
其れが、変わった。
自分の進む方向を見い出し、自信を持ち始めた。そして、とても美しくなった。
いつまでも過去に囚われ続けている自分とは違う。
分かっている。振り切ったが、未だ過去に囚われがちな自分がいる事を。
「エルクはどうするの?」
どうするのか…
許せない事が有りました。
消せない憎しみが有りました。
例えどんなに親しいものでも、分からないーそう、分かる訳が無い。
消してはいけない憎しみが有ったのです…
でも、今は、もう
ありません…
復讐が終わった自分に残った物は何も無かった。
復讐で生きていくのは辛く無いですか…?
今ならその意味が分かる。
「リーザ…」
何も無いんだ、そう呟いた。
「夢も希望も。いや、本当はあるのかも知れない。でも、見付からないんだ…」
どうすれば良いと思う?そう言うエルクの表情はとても頼り無かった。
彼は明日に向かって歩く事に慣れていない…
過去に囚われ、日々を生きる事で精一杯だった彼には未来を見る事が慣れていない。
…誰よりも未来を見つめている癖に…
「何をやるって決める必要は無いのよ。」
きっと其れが一番彼向きな生き方。
「明日を見る為にする事をすれば良いの。過去に泣く事が無いように、今しか生きれないような事が無いように…」
過去を笑い、今を生き、明日を夢見る…
かっての彼の様に、憬れたあの生き様を今…
復讐で生きていく事が辛いです。
だから、そんな事が無い未来を…
だから、俺は、夢、見る。