この話は、パラレルです。
 彼らの世界に、そのようなものは存在しておりません。

伝説の神話・小咄「木を隠すなら森」

「製ヴァン・アレン帯?」
「どこよ、それ」
 くそ真面目に間違いを言う彼に、ラスは大きくため息をついた。
「聖バレンタイン。バレンタインデー。年頃の少年が知らないの?」
「あいにく、年頃とは言えない実年齢でね」
 外見20前後の青年は、あまり見えない表情の中にほんの少し拗ねた色を見せた。
 20と幾らかなら、まだ、範囲内だと思うのだが……
「起源は血生臭いらしいのだけど……まぁ、今は女の子が男の子に告白できる特別な日なの」
「興味がない」
 即答だ。本当に興味がないのだろう。
「紆余曲折を経てそこにたどり着いているのだけど、まぁ、商人の戦略で、その日に、好きな男性にチョコレートを送るのね」
「興味がない」
 芸もなく、同じ言葉、同じ口調だ。興味がないと言うか、聞きたくないだけな気もしたが、引き下がらない。これには、彼の協力が必要なのだ。
「まぁ、それが『本命』と言うのだけど。あと、お世話になった人とかにあげる『義理』チョコがあるのよ」
「どこかの謀略を感じるな……」
 台詞が変わった。相変わらずの口調だが、すこし興味を持ったらしい。
「実は、うち発なのよ」
「義理チョコがか? その、バレンタインの贈り物がか?」
「チョコを送ると言い出したのは、たぶん西のほうだけど……義理の精神は、東の習慣よ」
「その習慣を悪用した、と」
「父さんは、意外と抜け目がないの」
 ラスは、胸すら張って言った。その彼女の言う父――輔は、妻をジパングに残して故郷、ムオルに帰っている。幼い息子が待っているからだ。暖かくなれば、家族でここに移ってくるのだろう。
「10年前から、父の提案で私が始めたことなの」
 宣伝効果も兼ねて、ラス自身が作って配り始めた。父や、祖父、弟にあげれば、弟が喜んで近所の子に見せびらかす。それを羨ましがる子供たちにも配った。それが、始まり。
 草の根運動が実を結び、今では大陸中での習慣となっている。寒い冬に、チョコレートが品薄になる。最初、カカオの生産地は品薄で喜んでいいのか、困っていいのかで困っていた。
 ちょっと、商人ラスとしての誇れるところだ。
 そして、ちょうど10年目。今年もこの日が来る。

 しかし……

 ラスはきょろきょろとあたりを確認してから、小声で言った。
「忙しくてね」
「まぁ、そうだろうな」
「でも、このイベントを止めたくないの」
 と言うか、むしろ積極的にやりたい。弟、父、祖父、そして今年はもっとたくさんの人に。その中に、彼女の立てた密かな策もある。
「でも、この国にチョコレートなんてないのよ」
「まぁ……そうだろうな」
 この国の菓子といえば、砂糖を固めたものか、果物を乾かしたもの。あとは、米を潰して餅にして、それをカチカチに焼いたものだ。ちなみに、身分の高いものから順に定着している菓子だ。
「抜け出したいの」
「……!?」
 彼は、目を剥いた。
「手伝ってくれない?」
「……あのな」
 お願い、と両手を合わせる。当然、この曲者がそれだけで乗るわけでもない。だが、美味しい餌をラスは持っていた。
「蔵にある書庫の鍵、見せてあげるから」
「……あのなぁ」
 先ほどと同じ言葉、しかし、まったく違う言葉。
 鍵を見せると言えば、盗賊だった彼に言わせれば、鍵をコピーして、いつでも出入りできる、と言うことだ。ラスがそれを知って言っている事を、彼は知っている。
 つまり、彼にとって宝の宝庫である、ジパングの書庫に自由に出入りして良いと彼女が――この国の王が言っているのだ。
 この甘露よりも甘い餌に飛びつかないわけが無い。
「モシャス? ルーラ?」
 そして、話が決まれば後は早い。
「……出来れば、ルーラ」
 一応、母――桔梗だけには許可を得ているのだ。それが『ラスと家族』にとって大切な習慣だという事を知っている彼女には。だから、替え玉は要らない。
「故郷だろうが」
 呆れた声がした。
「私は、自信がないことに対して無駄な挑戦はしないの」
「方向音痴なんて、根性で克服できる」
 さらりと言われた言葉に、それが出来たら苦労しないとラスは膨れた。

 彼女は知らない。ナジミの塔の構造を覚えるのに、彼が3年の月日を要したことなど。


「姉ちゃん!」
 ルーラで降り立てば、やはり最初に出迎えてくれたのは弟のポポタだ。
「ただいま」
「信じてたよ、帰ってくるって」
「楽しみにしてた?」
 してた、してたと、ポポタは首が千切れるのではないかと思うくらい激しく首を振った。
「今年は、たくさん作るの」
「へぇ」
「ちゃんと、ポポタの分も、作るからね」
「うん!」
 元気な返事に、ラスは細い目をさらに細めた。

 台所は、普通の家庭用で。
 父に頼んで入荷したチョコレートは、台所に入らずに、居間に置いてある。
 邪魔な男供は2階へ追いやって、彼女は炊き出し用の鍋に大量の水を入れて、沸かし始めた。
 家族に渡す用。
 民に渡す用。これは、男女わけ隔てなく。よろしく、の挨拶のつもりでもある。
 仲間の分も、必要だ。
 そして、それらに紛れて、気づかれないように本命を渡す。
 王は簡単に、そのような感情を外に出してはいけない。悲しいかな、彼女は、そんな存在になってしまった。それに、彼はそういうことに興味がないように見せて、実は、大嫌いなのだ。
 だから、絶対気付かれない様に、渡すのだ。

 別に、徹夜するまでもない。
 慣れた作業はラッピングを含めて1日で終わった。まぁ、あまり長居をする訳にもいかなかったのだが。実際、日程としてはギリギリだ。
 ラスは、長い髪を包んでいた三角巾とエプロンを外し、プレゼントの山からひときわ目立つ4色の包みを出す。ラッピングの色が違うだけで、まったく同じ形のそれら。
 そして残りを、用意していた大きな袋に詰め込んだ。これは、別にした4つよりもふた周りほど小さい。
「義理チョコも、ここまでくれば壮観ね」
 袋いっぱいの自分の作品を見て、思わずため息を漏らしてしまった。
「木を隠すなら森。本命を隠すなら義理」
 小さくつぶやいて、ラスは袋を置いて赤と青、黄色の三つの包みを手に取った。

「ポポタ! 父さん! 祖父さん!」
 ラスの声に、満面の笑みを浮かべた弟が飛びついた。
 その手に赤い包みを乗せる。ポポタはそれを握り締めて、それでもラスから離れずにありがとうと元気に言った。
 空いた手でラスはその弟の髪を優しくなでる。
「はい」
 もう一方の手にあった物を、残りの家族に渡した。
「……貰えないかと、思った」
「そんなの、絶対嫌だったの」
 輔の、父の言葉に、ラスはきつく返した。
「ありがとうな、ラス」
 父は、照れ笑いを浮かべて、視線の高さが同じ娘の頭をなでた。ラスは、そのくすぐったさに首をすくめながら、言うことを忘れない。
「お返し、期待しているからね」
「……あ、あぁ」
 手を止めた父に、ラスは首をすくめたまま、くつくつと笑みを漏らした。


 ルーラで到着したのは、ジパングの集落から山ひとつ超えたところだ。お忍びと言うか、内緒で抜け出した身としては、堂々と帰るわけにはいかない。
 ムオルの地よりも格段に暖かい風に髪をなびかせてラスは空を見ている。
「ありがと」
「鍵」
 照れくさくなって、ぶっきらぼうに一言だけ言葉に出した。魅力的な交換条件に乗っただけなのだ、と言うことにしている。
 彼の言葉にラスは何も言わず、山を越えるために歩き始めた。
 雲ひとつ無い青空と枯れた木々の間を、二人は黙々と歩き出す。
「ヨウ!」
 ラスが不意に振り返り、彼の元へ何かを投げた。青い空に、緑の色が――目測を誤って、ヨウの頭上を越える。
「――あ」
「へたくそ!」
 ヨウは二歩下がり、飛び上がる。手に固い感触が納まった。
「なんだ?」
 緑の包み紙できれいに包まれた箱だった。同じ形の色違いを見たことがある。
「お礼」
「……」
「鍵は、帰ったらちゃんと見せてあげるから。これは、チップ」
 沈黙をどう理解したのか、ラスが念を押した。
「女の子から貰った物をつき返すなんて、野暮な真似は流石にしないわよね?」
「……ありがたく、戴いておく」
 歩き始めたラスに付いていく形で歩きながら、かわいらしく結ばれたリボンを解き、包みを開ける。親指と人差し指で作った丸くらいの大きさのチョコレートが可愛く並んでいた。
 折角だから、とそのひとつを口に放り込む。
「あま……」
 予想以上の甘さに思わず眉をひそめた。甘いのは元々好きじゃない。
「――あ」
 前を歩くラスには聞こえなかったのだろう。ラスが、能天気な声を上げた。
「これは、バハラタの方が発祥なんだけど――」
「なんだ?」
「1ヶ月後に男の子が女の子に『お返し』をするホワイトデーって言うのがあるのよ。でね、義理チョコってのは、8割方はね――」
 あのときの、輔の表情が浮かんできた。即座に、ラスの言いたいことを理解する自分が、嫌だ。
「お返し目当てなのよねっ」
 食ったの確認してから言ったなこの野郎。
 まったく、商人は油断がならん。

 心の中だけで、ヨウは毒づいた。

 実際に、アル達の世界に、そのような習慣はございませんが……「伝説の神話」初バレンタイン企画です。イラストはあるけど。
 しかし、内容が……バレンタインだけど「義理」な話。密か本命だけど、甘くは無いな。
 本当は、違うよね。女の子が好きな異性に送る、ってのが、後付だった気がしたけど。
 書きたいことは、最初の一行で終わった。

「民にもお返しを要求するのか?」
「失礼ね。王とは民に見返りを持たないものなのよ」
「……ご立派で」

 読んでいただきありがとうございました。

その後の話

伝説の神話世暁