[伝説の神話]

伝説の神話・挿話 鍵の道

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1

 それは、甲板の片隅に転がっていた。

「おい、大丈夫か?」
 雑巾のように転がっているそれに向かって俺は声をかけた。床に這っている髪を引っ張れば、ぴくりと肩が動く。
「う〜〜」
 掠れたうめき声が聞こえた。どうやら大丈夫じゃないらしい。
「ったく、使えねぇ奴」
「……ごめん」
 搾り出すように紡がれた謝罪の言葉に、俺は謝ってんじゃねぇと怒鳴る。それが響いたらしく、またそれは唸った。
 ったく、船に弱いならそうと早く言え。こっちだって、それなりの対処ってもんがあるんだ。
 それは、銀糸の髪を汚い甲板に流して、陸に打ち上げられたマグロよりも生気のない格好で倒れている。拾って、すぐに酔って。最初は少しでも楽になるようにと試行錯誤をしていたようだが、一刻ほど戦った後諦めたらしく、今は甲板の片隅で半死人状態だ。
 まぁ、どうしようもない、この手のものは慣れるしかないのだ。
「後半日もしたらつくからそれまでの辛抱だ」
 また、唸り声が聞こえた。

 それはヨウと名乗った。
 ネクロゴンド大陸の西側、テドンへと入っていく河口にある船着場兼教会に立ち寄ったら、それはいた。
 シスターアンとガイ神父に紹介されたそれは、船に乗る前から顔色が悪く、ひょろひょろとした小僧だった。痩せた身体に大きな吊り目と背に伸びる銀色の髪が目立っていた。
 恩のあるガイ神父達にどうしても……と言われて、力仕事は無理そうだが、船の荷物番や賄くらいには使えるだろうと引き受けた、が、この様だ。荷物と考えるしかなさそうだと判断するのに、そう時間は要らなかった。
 まぁ、役に立たなくても運賃は神父から十分すぎるほど貰っている。
「陸に上がったら少しは役に立てよ」
 俺は、そう言い捨てて己の仕事場へと戻る。
 ごめん、と言う声がまた聞こえた。
 謝るなよ。しょうがねえだろ。船酔いばかりは慣れるしかないんだ。


 船はゆっくり港へ入っていく。
 俺の知っている中では一番の港、ポルトガについたのはもう夜も遅くだった。
 この船とは、ポルトガまでの契約。船長に礼を言って俺は、船酔いの小僧を連れて宿屋へ直行した。小僧もポルトガまで連れて行くという話だったが、ほら、こんな弱っちまった奴を放り出すほど、俺だって冷血じゃねぇ。
「立てるか?」
「立つ……」
 ヨウはそう答えるとふらふらしながらも自分の足で歩き出した。
 なかなか根性を見せる。しかし、根性ではままならぬこともある。自力で歩き始めたはいいが、余りの蛇行振りに見かねて、俺はヨウの腕を掴んだ。
「無理すんなよ」
「無理しなきゃ……何も出来ない」
 ほう、なかなか言う。
「じゃ、そういうときにはそうしろ」
 そう言って、ぐいと肩に担げば、それは予想以上に軽かった。
「……なっ」
「だがな、無理しなくていいところでまで、無理すんな」
 立てるかと言う質問に、立つと言う意思を伝え、無理をするなといえば無理をしなくてはいけないと答えるような小僧だ。担ぎ上げたら絶対抵抗すると思ったが、意外にもヨウは、素直に俺に担がれた。
「じゃあ、無理はしない」
 ぼそりと背中で声がする。
 お? なかなか物分りがいいんだな。
「吐いて……いいか?」
 え?
「今、なんて?」
「陸地に上がったら……なんか……」
 いや、おい、ちょっとまて!
 あたふたと辺りを見回して、まだ海際だったからそこへと担いで走る。なんか、ヨウの喉の辺りで変な震えを感じた。
「待て! ちょっとだけ我慢しろ!」
 俺の背中では、吐くな!

 いくら軽いと言っても、16の少年を担いでの全速力は、それなりにキツかった。



 翌朝。
 冬のポルトガの朝は霧に包まれる事が多い。しかし今日は珍しく、朝から抜けるような青い空が広がっていた。
 北の山から吹く風は、乾いて冷たくて、強い。だから、風が霧を吹き飛ばしたのだろう。見た目は霧の日のほうが寒いが、実際は晴れた日のほうが寒いのだ。
「おはよう」
 相変わらず顔は真っ白だったが、昨日よりも張りのある声でヨウは現れた。
「おはよう、寝れたか」
「まぁ」
「それなりに復活したようだな」
「寝付くまで、ベットの中が揺れてるみたいだったがな」
 まぁ、船での長旅の後ってのはそういうもんだ。
 顔が青白いのは元々そういうものなのかもしれない。声は、船でのかすれた消え入りそうな声ではなく、バリトンの心地よい響きを持っていた。声を聞く限りでは、大丈夫そうだ。
 すぐに発つ事もできそうだな……こいつは。
「なぁ」
 朝食の席に着きながら、興味がなさそうにヨウは俺に尋ねてきた。
「筋肉痛に、ならなかったか?」
「は?」
「ほら、俺担いで、全力疾走したろ?」
 ……うるさい。
 そうだ。あいつはすぐに旅立てそうだが、俺の出立は延期だ。
 あいつの言った事は全くの図星で。強がってはみたが、動かすたびに筋肉がきしんでいる。
「ありがとう」
 もくもくと飯を喰いながら、表情を変えずに言う。
 おいおい、それが礼かよ? もっと、愛想良くできねぇのか?
「感謝、している」
 すぐわかった。こいつはどうしようもなく無愛想なんだ、と。

「行くあてはあるのか?」
 こいつの境遇は、シスターアンから簡単に聞いた。なんでも、魔物の大群が住んでいる所を襲って、あいつ以外全滅したそうだ。
 ヨウを連れて来たのは、ガイ殿の頼みと言うだけではなく、こいつの境遇に同情したからでもある。同情ついでに、行く方向が同じならこっから先も同行してやってもいいと考えていた。
 無愛想だが、そんな嫌いじゃないんだよな、こういうガキ。
「一応」
「どこだ?」
「アリアハン」
「……あちゃぁ〜〜」
 俺は額に手を当て天を仰ぐ――いや、見えたのは天井だが。
 そのしぐさを怪訝に思ったのか、ヨウは食事の手を止め、眉をひそめて俺を見た。
「どうした?」
「お前、ロマリアのいざないの祠から行く予定だったろ?」
「そうだが」
 まぁ、一番一般的なアリアハンへの行き方だ。こいつも、当然そのルートで行くんだろう。だが、俺達が来たルートを考えると……
「もっと、近くて楽な道あったんだよ」
「あるのか?」
 いや、あったんだって。
 もし、俺一人でここからアリアハンへ行くなら、そっちへ回るだろう。だが、きっとヨウは無理だ。船から港が見えなくなるより早く半死人になるような奴には。
「あっち」
 俺は指をさす。意味がわからなかったのだろう。更にヨウの眉が寄った。
「この対岸。岬に灯台あったろ?」
「知らない」
 だろうな。
 あるんだ、と言い切ってから、俺は説明を続けようとしたら、先にヨウが口を開いた。
「つまり、その灯台に旅の扉があるんだな。アリアハンへ行く――なら、俺は陸路を取る」
 ――勝手に先を読みやがった。くそ生意気な奴め。
「ところで、金は?」
「――ない」
 だろうな。
 魔物の襲撃で、きっと着の身着のままで逃げ出してきたんだろう。そんな難民に持ち合わせがあるわけが無い。
 で、俺は……実を言うと持ち合わせがあった。神父が渡したヨウの「運賃」つまり俺への報酬は破格のの値段だった――ってもしかして、その金って。
「くそ! 謀られた!」
 俺は椅子を蹴飛ばして立ち上がった。
 俺としたことが、つまり、この金はそういうことなんだな。ポルトガまでとか言っておきながら……
「どうした?」
 驚く顔もせずに、ヨウが覗き込んでくる。周りを見回せば、注目されている事がわかった。俺はなんでもないと手を振りながら、椅子を起こして再び座った。
「抜け目の無い神父は嫌いだってことだ」
「訳が分からん」
 だろうな。これで分かるのなら、それはそれで不気味だ。
「……まぁ、その、なんだ。俺は多少の持ち合わせがあるから、旅に出る為の装備一式を整えてやる。飯食ったら、出るぞ」
「いいのか?」
 目を見開いて、驚いてやがる。そりゃそうだろ。俺だって、驚いた。
「カミノオボシメシってやつだ」
「ガイ殿から受け取った金は、俺の支度金だったのか?」
 ……。
 可愛くねぇ。

 日が出てくれば、流石に暖かくなる。外に出た時には、山からの吹き降ろしも止み、無風のぽかぽか陽気だった。
 ポルトガには市が立つ。朝は鮮魚類がメインだが、このぐらいの時間からは主に食物以外のものを売る商人たちがやってくる。
 俺は行きつけの武器防具を売っている店へとヨウを連れて行った。
「武器はなんだ?」
 長年の勘が、こいつは一般人じゃないと言っている。だから、武器は使えるかとは聞かなかった。
「鋼の剣とか……」
 は?
 思わず立ち止まり、その細い身体をまじまじと見る。
 この、いかにもひ弱ですと言っているような体格で、戦士のスタンダード武器、鋼の剣を扱えるのか?
 天地がひっくり返っても、答えは否だ。
 まだ、天下無双の魔法使いとか言われた方が説得力があるんだが。
 俺の様子に考えている事を察したのだろう、ヨウが仕方がないといわんばかりの表情で口を開いた。
「ちょっと前まで寝込んでいて、実は体力筋力がどん底だ」
「そうなのか」
 そりゃまた可愛そうに。病み上がりに襲われたのか、村ごと……ん?
 ヨウが奇妙な表情で俺を見ていた。
「どうした?」
「……いや。なんでもない」
 その顔が、余りに悲しそうで、相変わらず無表情なのに、泣きそうに見えて。
「誰かに似ているか?」
 そんな空気が苦手だから、茶化すようにきいてみた。
「そんなところだ。俺の知っていた人に――似ている」
 あ。もしかして、故郷の……
「すまない」
 茶化すところじゃなかった。
「あやまんな。ガラじゃないだろ」
 しかし、ヨウは相変わらずなんでもないかのように振舞っていた。なんだか、こっちがガキになったような。
「うるせぇ」
 照れ隠しに、そう毒づいた。

「剣と鎧でいいか?」
 武器防具屋で、俺は改めてヨウに訊ねる。ヨウは、どうなんだろうと首をかしげた。
「出来れば、もっと軽いモノがいいんだが……武器は剣以外使えない」
 持て余すだけだと言うヨウの判断は正しいだろう。
「教えてやろうか?」
「え?」
 意外そうな表情で見上げるな。
 もう、俺ん中では決まっているんだ。
「お前の教育費も貰ったからな。アリアハンまで鍛えながら連れて行ってやる」
 つまり、抜け目の無いガイ神父の報酬は、こいつの支度金と養育費だったんだ。
「いいのか」
 いいのかって、金貰っちまったんだから、やるしかないだろ。
 それに、お前、細っこくて小さいから、戦士の使う長剣なんかより、俺らみたいなのが使う武器の方が向いていると思うぞ。
 そういうと、ヨウはしばし空を眺めて考えた。
「……で、なんなんだ?」
「鞭と短剣」
 鞭はここで売っているし、短剣は俺のをゆずってやろう。
「盗賊だったな……」
「え?」
 何で知っている?
 会った時にはそれどころじゃなかったし、船の中では半死人だったし。今日は念のためと短剣を持っているだけなのに、なんで、わかった?
「俺には、丁度いいかもしれないな」
 ヨウは空に向かって何か呟いた。何かは聞こえなかったが。
「教授よろしく、頼む。」
 不意に俺のほうへ向き直り、ゆっくりと、深々と頭を下げる。
 そんなことされたことが無い俺は、色々出てきたもの、全部忘れてしまった。


 ヨウは出来のいい教え子だった。
 普通、武器と言うものは一つ使えれば後は応用で効くと言う。武器の扱いと言うものは、根本を突き詰めれば同じだからだそうだ。だが実際にはそんな器用なことが出来るものなど多くない。一流の戦士だって、全ての武芸に通じているやつなど、そうはいない。
 聞いた事があるのは――アリアハンのオルテガとサマンオサのサイモンくらいか。
 こいつも、彼らに続くかと言われれば、そうは言えない。確かにヨウは器用にこなすが……無難に何でもこなせるだけなのだ。
 頭がいいからか、一教えれば十を知る、教師としては面白みが無いが楽な教え子なのだ。物事の本質を見極める目が鋭い。だが、それだけなのだ。
 ヨウには根本的に足りないものがある――力と言う、戦士には不可欠なものが。
 だからこそ、こいつには俺が使うような獲物があっていた。

「なぁ」
 修行も兼ねた旅みたいなもんだったから、ここまで来るのに随分と掛かってしまった。だが、今朝旅の扉を抜け、もう俺達はアリアハン大陸に来ている。
「知り合いって、誰か聞いてもいいか?」
 もし、殆ど他人の遠縁の親戚とかで、あまり世話になりたくないのなら、俺が世話してやってもいいと思っている。無愛想で無表情だが付き合いにくいわけでもなく、どちらかと言えば出来のいい弟子を俺は気に入っている。
 もし、ヤツが望むなら、俺の持つ戦闘以外の技も教えてやってもいいと思っているが……なんとなく、そういうのは望んでいなさそうだ。育ち、よさそうだもんな。こういうのは、所作で分かるもんだ。
「……アリアハンには、姉がいる」
 ヨウはしばらくしてようやく答えた。
「姉ちゃんか」
「だが、そこへ世話になる気は無い」
 兄弟仲が悪いのか? そう思ったのがわかったのか、ヨウはそれは違う、と言った。流石にこいつの先読み癖にも慣れて来た俺は、次の言葉を待つ。待っても殆どそれは来ない。それも慣れた。だが、今度は違った。
「大切だから、会えない」
「……なんだ、それ」
 それでも、分からない。
「どんな顔で会えばいいんだ? なんて言えばいいんだ?」
 ヨウはいつもの如く淡々と聞いてきた。
「親が死んだと、故郷がなくなったと、どんな顔して言えばいいのかわからない。しかも、それが……」
 そのままヨウは沈黙した。
「悪かった」
 ぽん、とうつむいてしまった銀髪を叩く。
 それなら、なんとなく分かる気がする。
 ならこいつは、アリアハンでも行く場所が無いんじゃないのか?
「なあ、ヨウ。もし、良ければ……」
「だから、もう一人の身内の元へ行く事にする」
 あ、いたんだ。
「母の叔父にあたる人で……俺はあの人に師事しようと思っている」
「どっかの偉いさんか?」
 師事しようとはな。なんか、ちょっと悔しいぞ。
「お前に会って、そうしようと決めた――盗賊は、俺が生きていく為に必要な技術かもしれない」
 へ?
 つまり、盗賊になると言うのか? 俺を差し置いて、身内に師事しようと?
 なんか許せなかった。盗られてしまう、と。
「俺じゃ駄目なのか? 俺の弟子じゃ、不満か!」
 息巻く俺を、ヨウはキョトンとした目で見る。
「いや、そうじゃないけど……多分、違うと思うから」
 何が、違う? 下手な理由じゃ納得しないぞ。
 これでも、俺は一流の盗賊だと思っているんだ。あの2代目カンダタの最年少幹部だった程なんだから。それにテドンにだって……あれ、なんだっけ?
 なんだか、とても大事な事を忘れている気がした。だが、全然思い出せない。
 にわかに考え始めた俺を、ヨウが見つめているのに気付く。どうした? なんで、こんな悲しげな目で俺を見る?
「俺の母の叔父は、昔大盗賊段を率いていたんだ――多分、盗賊としての格が違う」
 静かに告げる。その通り名を。
「初代カンダタ。今、ここにいる」
 なんだって?
「別にお前が不満なわけじゃない。だが、あの爺さんが必要なんだ」
 訳わかんねぇぞ。
 だが、張り合っても無駄だと言う事はわかった。二代目どころではない、初代カンダタとは……流石に敵う気がしない。
 ちょっぴり落ち込んだ。
「なぁ」
 ヨウが俺を見上げてきた。あ――なんか、慰められそうだ。
 しかし、ヨウが言った事はそんな可愛げのあることじゃなかった。
「髪、切ってくれないか?」
「は?」
「けじめみたいなものだ」
 成る程。気持ちは分からんでもない。だが……
「なんで、俺」
 一瞬、ヨウが笑った……ような気がした。
「一番最初の、俺の師匠だから……それは、絶対変わらないから」
 この通過儀礼を、頼みたい。

 ……畜生。なんか嬉しいじゃねぇか。



 俺達はアリアハン城下で別れた。
 背中まであった長い髪を切ったヨウに、それに合わせて動きやすい服を俺は贈った。まだ、ガイ神父から貰った金は十分な余りがある。
 髪を切り、身軽な服装に着替えたヨウは俊敏そうな猫のようだった。
「世話になったな」
「こっちこそ」
 短い間だったが、充実していた。
 頭が盗賊団を解散してから、なんとなく過ごしてきた。やりがいのある仕事があったような気もしたが……良く覚えていないからそんなんでもなかったのだろう。
 無為な日々だったのだ。
 こいつとの短い旅は、頭の下で働いていたあの頃と同じくらい楽しかった。
「楽しかったぜ。ありがとな」
 だから、素直に礼を言う。
 この後どうするかなんて決めていないが、もう会うことも無かろう。世界は広い。その気にならないと会いたい人間と会うことなんて出来ないのだ。
「さよな……」
「また会う日まで、達者で」
 なのに、こいつは当然のように再会を約束する言葉を吐いた。

「バコタ」

 魅力的な、絶対忘れない響きで俺の名前を呼んで。

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[世暁] [伝説の神話] 素材:トリスの市場