伝説の神話・余話



 掃除をしていて、インは久しぶりにそれを見付けた。
「あら……」
 そういえば、今年はやるのを忘れていたわ。
 息子の旅立ち、それに頭が一杯になって、息子のアルが生まれてから欠かしたことの無い行事をやるのをすっかり忘れていた事に気付いた。
 インの目の前にあるのは、柱。何処にでもある家の柱だ。
 アルの部屋の出入り口、その戸をかたどっている柱の左側。そこに、誕生日を迎えるたびにアルの背を刻み込んできた。
 柱にある傷、16個。
 0歳の時は、立つ事すら出来なかったから、夫に支えてもらってようやく印をつけた。
 1歳の時、やんちゃ盛りの息子は、柱を背にじっとしている事が出来なくて、なかなか正確な位置がわからなかった。
 3歳くらいになると、彼もその行事がわかったらしく、自ら柱の前に発って印をつけることをせがんだ。
 ……いや、違う。
 インはくすくすと笑う。指先には、下から5つ目の傷、4歳の時の傷だ。
 あの子はきっと、柱に傷をつけてもらった後にもらえる、プレゼントを待っていたのだ。アレをやれば良い物が貰える、甘い甘いケーキが食べれるから。
 そういえば、6歳の頃まで事あるたびに柱に背を向けて頭の上を指すようになった。傷をつけてもらって、美味しいものが食べたいから。そのくらいの知恵が回りだした年頃だ。
 インは、下から順にその傷を撫でていく。
 8歳から、14歳くらいまでの間隔は妙に小さい。背が伸び悩んだ時期で、他の友達より背が小さいことを酷く気にしていた。その頃には、柱の傷の正確な意味をちゃんと掴んでいて、アルは扉の右側の柱の傷と見比べて溜息をついていたものだ。

 右の柱の傷。
 かつて、この家に住んでいた少年の成長記録。

 アルの成長記録を、誕生日ごとに刻んでいこうといったのは、その少年だった。
 大きくなって、妻を迎えて、目に入れても痛くない程可愛い息子を持った少年。
 アルと違って、大きかった。小さい頃から、左側の傷より、常に上を行っていた傷。
 その名をオルテガという。
 20過ぎには、当然だが背も止まり、印もなくなっていた。しかし、それでも大きい。インが胸にすっぽりと収まるほど、大きいし、広かった。
 最後に彼と息子の成長の記録を付けてから、既に10年経っている。
 アルは、こんなに大きくなりましたよ。
 でも、まだ貴方には届かないみたい。
 16個目の傷、15歳のアルの背は、インより少し小さかった。それでも、14から15になるまでに、頭半分くらい大きくなっている。成長期なのだ。
「ああ、残念」
 インはくすくすと笑って、彼女の記憶にあるアルの背の高さに手を置いた。
「どのくらい大きくなっていたのか、楽しみだったのに」
 すっかり忘れていただなんて、ちょっと悔しい。

 きっと、次の傷は背伸びをしなくては届かないだろう。


 この話は、挫折した(涙)100のお題で2003年2月3日に書いたものです。

 しかし……短っ!
 1200文字程度っす。50行無しっす。
 傷、で、ずっと思考を張り巡らせて……行き詰って、思いっきり考え方を変えたら出てきたのが、
「♪はしらのきずはおととしのぉ〜〜〜」
 よし、それで行こう!

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