それは、ヤマトの歴史学者、オホノが記したのが最初だった。


 この小さな島国を、200年の長きに渡る戦乱を経て統一したのが、ヤマト朝だ。沢山の小国が建ち、そして消えていった。その間に、人々はこの戦乱の始まりが何だったのかを忘れていった。ただ、自らの心にある国を現実のものとする為に、沢山の者が発ち、そして散っていった。

 最もその思いが強かった男が、島を統一した。名前をヤマト、と言う。だから、彼が興した王朝をヤマト朝と言い、人々は自らの住む国をヤマト国と言った。

 その、平和になった小さな島国で、オホノは王の命を受け、歴史書を記した。

 誰もが忘れた、戦乱の前の、神に縋って生きていた国の話を。


 その国を、オホノは当時島を守っていた神、ヤマタノオロチの名前から、こう名付けた。

 ヤマタイ国、と。


 それは歴史書と言うよりも、伝説、物語に近かった。長い戦乱によりその国についての文献は殆ど残っていなかったからだ。

 しかし、その神の伝説は、平和な人々に好まれた。

 その中でも特に好まれ、誰もが御伽噺として聞いたことのある話がある。


 それがヤマタイ国、最後の女王の物語だ。

最後の姫巫女

 昔々、この島に一つの国がありました。

 八つの首を持った蛇の神様が国を祭り、人と神様の架け橋である巫女様が王様でした。


 巫女様は、山々が赤く燃え上がる季節に、お子様を生みました。その子は、山の赤よりも赤い髪と、夕焼けよりも鮮やかな瞳を持っていました。

 巫女様は、その御子にヒミコと名付けました。


 それは、世界に魔王が現れ、魔物を従えて人間を滅ぼそうとしている時でした。

 ヤマタイ国にも魔物の脅威は訪れていましたが、国には強力な守り手がいました。

 彼らが崇める火の国の神様、ヤマタノオロチです。


 ヒミコ様は誰よりも火に愛され、可愛らしく育ちました。

 ヒミコ様が5歳になった時、ヤマタノオロチが巫女様の下へと現れました。

「魔物の勢いが強い。国を守るため、最も火に愛された子供を、我に捧げよ」

「それは、人を贄として貴方様へ捧げろと言う事でしょうか?」

「そうだ。我がこの国を守るために、新月の夜、最も火に愛された人間の子を――おぬしの子供を捧げよ!」

 ヤマタノオロチは、そう言って消えました。


 巫女様は、驚き、悲しみ、迷いました。

 ヤマタイ国を、そしてジパング全てを守るには、ヤマタノオロチの力は必要です。しかし、その為に自分の愛しい姫を殺す事は出来ません。

 巫女様は、泣きながら側使えの者にヒミコ様を託しました。

「この子を連れて、大陸へ逃げなさい」

 ヒミコ様と、側使えの者は、新月の夜にオロチの元ではなく、オロチの元から逃げ出しました。



 ヤマタノオロチはヒミコ様の代わりにと、毎年一人の娘を生贄として要求しました。

 自分の子供は差し出さなかった巫女様でしたが、この要求には従いました。国の人々も涙を呑んで生贄を差し出し続けました。

 こうして10年の月日が流れた時、ロトが赤毛の少女とともにやって来ました。

 ロトの仲間となっていた赤毛の少女は、10年前にジパングから逃げた、ヒミコ様でした。


 ヒミコ様は、火の山へと入り、凶暴な魔物同然となったヤマタノオロチを討ち果たしました。そして、いつの間にかヤマタノオロチが入れ替わっていた母巫女を倒し、ジパングを平和に導きました。

 そして、新たな王となったヒミコ様は、皆の前で言いました。

「私は皆のためにバラモスを倒します」


 王となったヒミコ様は旅立ちました。


 しかし、かえってきませんでした。


 ヒミコ様は、ヤマタノオロチが生贄を要求した時、それに反発することなく受け入れたヤマタイ国の人々に怒っていました。

 今後、決してそんな暴力に屈しない、強く、誇り高く生きて欲しいと願いました。

 そして、ヤマタノオロチがいなくなったジパングは、ヤマタイ国である必要は無いと言って、去っていきました。


 それからしばらくして、巫女姫と神がいなくなったヤマタイ国は滅び、ジパングは戦になりました。

 長い長い戦になりました。

 しかし、その間に、神に従う事しか知らなかった人々は、自分が動く事を知りました。

 そして神のいないこの地は、人が地を統べる必要があることを知りました。

 ジパングは神の地ではなく、人の地となったのです。


 そして、ヤマト国が誕生しました。

 ヤマタイ国最後の王であり巫女であったヒミコ様の望んだ、強く、誇り高い国になりました。

「……その物語が好きなのか?」

 ヤマト国にやってきた外人が、子供の語った物語を聞き終わった後、そう尋ねた。子供は当然だと言わんばかりに頷く。

「ヤマト国はヤマタイ国最後の女王様が望んだホコリなんだよ」

 この子供が誇りの意味を知っているのだろうかと、外人は疑問に思ったが、聞かないことにする。

「国を滅ぼした王様だぞ?」

「でも、ジパングを救ったよ」

「凶暴化したオロチからか?」

「違うよぉ」

 子供はものわかりの悪い外人にぷくっとほほを膨らませた。

「神様に頼りきって自分で立てなかったジパングが、立てるようになったんだよ」

「……」

 外人は、沈黙した。始めてみる綺麗な金色の瞳が見開かれる。驚いたのだろうか。

「戦国時代はね、すごく格好いい武将が沢山いるんだよ。先生が言っていたよ。戦国時代は、ハイハイも出来なかった赤ちゃんが、一人で立ち上がろうって、頑張っていた時代なんだって」

「じゃあ、このヤマト国は立ち上がった子供なのか?」

「そう!」

 僕と一緒に大人になるんだ。

 子供は、胸を張って言う。

「そして、大人になったジパングを、僕たちが支えて、立派になったヤマト国を僕達の子供へ渡すんだ!」

「ヤマト国……いや、ジパングが好きなんだな」

「嫌いな人なんて、いないよ」

 曇りも、迷いも無い声。それに外人は破顔する。

「それは、きっと『ヒミコ様』も喜んでるだろうよ」

 外人は、子供のあたまをくしゃくしゃとなでて立ち上がった。長い銀色の髪が日の光を請けて反射する。

「ありがとうな、坊主」

「ねえ」

 頭をなでられて、くすぐったそうに首をすくめた子供は、上目遣いに外人の金の瞳を見た。

「お兄ちゃんは、この国、好き?」

「あぁ」

 外人は、柔らかな笑みとともに頷いた。

「昔からこの国は嫌いじゃなかったが、今のこの国は、一番好きかもな」

 子供の顔が輝く。

「ありがとう!」

 まるで自分のことを褒められたかのように、子供は喜びながら、去っていった。



 田が黄金に輝いている。山は赤々と燃えている。耳を澄ませば町の喧騒。しかし、それでものんびり感じるのは、この国の気質だろうか。

 銀の神と金の瞳を持つ外人――いや、神は、ジパングの風に髪を遊ばせながら、青空を見上げる。

「これが、答えなんだろうな……」

 彼は驚いた。子供が語る物語に。

 それは、事実に似ていて異なるものだったが、しかし、真実だった。

 何よりも大切な事。

 最後の姫巫女――ラスが願ったジパングの姿が、ここにある。


 200年以上の時を経て、火巫女の祈りは、届いたのだ。

「気持ち悪い」

 彼女はそれを、そう表現した。

「なぜ、無条件で信じられるの? 私の言う事は、そんなに正しいの?」

「正しいんだろ」

 彼の冷たい言葉に、ドン! と壁を叩いた音がした。

「そうよ、正しいの。火巫女の言葉はあの人たちにとって絶対なの!」

 ドン! と、また、壁を叩いた音がする。その後、しばらく沈黙が彼らの間に横たわった。

「……そうよ、だから、生贄も差し出す」

 その言葉に力は無かったが、かすかな怒りが混ざっていたのを、彼は感じた。


 新たな火巫女は、人々が火の恩恵を最も望む冬に生まれた。

 外の国で育った彼女は、自らは皆と変わらぬ人間であると、親しげな口調で語り、一瞬で民の心を掴んだ。

 ジパングの民と世界のために、魔王を倒すと宣言した勇者と火巫女に、せめて冬があけるまでと、引き止めたのは、彼女の育ての親だった。ジパングと言う国を自分の肌で感じたいと思った火巫女は、勇者の許しを得て、草木が芽吹くまでジパングにいる事にした。

 そして彼女は、全てが終わった後に自身が住むであろう館で、国の王としての仕事を始めたのだ。


「ジパングの民が、このようになってしまったのは、多分、歴代火巫女のせい」

 ふぅと、大きな溜息が聞こえた。

 彼は、彼女と会っていない。薄い紙の壁を挟んで、互いに背中を預けていた。

 それは、気紛れで、彼女の様子を見に来た時から始まった。昼間忙殺されている火巫女の表情が、日に日に暗くなっていくのを見て、心配に思い様子を見に行った時からだ。

「だから、その責は負うべきなのよ」

 でも、口で言っても意味が無い、と彼女は言う。

「強制なんて、出来ないわ。それじゃあ、意味が無い」

 彼は、寒空が見える廊下で、仲間の愚痴をただ聞くだけという日が多い。

 大体趣旨はいつも同じだ。

 ジパングの民は、自分を無条件で信じすぎる。妄信と言ってもいい。それが、嫌だと、気持ち悪いと。

 そしてなによりも、火巫女が命じたからと言って、大切な家族を生贄に捧げた彼らに、彼女は怒りを持っていた。

「自分で立たなきゃいけないの、自分で。オロチはもういないんだから」

 神はいない。神と崇められていた、彼らを守っていた火の山の魔物は。だから、もう、神と人との架け橋であった火巫女も、王である理由は無い。

「だが、事実、火巫女は王だ。それは、変えられない」

 いつも彼女の愚痴を効くだけだった彼が、久々に意見した。

「そう、王よ。でもね、絶対的な巫女ではないの。それが、重要なの」

 そういわれて、彼は黙った。彼女の愚痴が再開したからではない。


 彼は、そこで憤る彼女がわからなかったのだ。


 彼も、かつては小さいが伝統的な集落で、その頂点に立つ予定だった。

 しかし、彼は認められなかった。魔力が少ない、ただそれだけの理由で。

 それを補うべくどんなに努力しても、生まれつきの素質だけで彼は否定され続けた。それでも彼が長になる事は確かだったから、少しでも認められようと、無駄な努力をした。

 しかし、彼が守り、治めるはずだった地はもうない。彼自身と、魔物の手によって滅びてしまった。結局、彼は認められたのか、それすらもわからないまま。

 そんな彼は、彼女の愚痴は幸せなものだと思ってしまう。

 彼女には、守るべき地がある。そして、その地の人々に認められている。

 大切なものがあり、互いが互いを認めている。それは、幸せな事ではないのか、と。


 しかし反面、彼女の気持ちも心の奥底で理解していた。

 彼は、認められたくてしょうがなかったのに、なのに、なぜか、無条件に寄せられる、妄信とも言うべき信頼の「気持ち悪さ」を理解していた。


 だから、彼は聞き役に徹した。

 彼女の気持ちがわからなかったから。でも、わかってしまったから。

 彼は、その炎を見た。

 火の国が放つ、滅びの炎を。

「これで、良かったのか?」

 呟く。

 本人に聞けば、答えはあるだろう。

 答えは、まだ決まっていない、と。私は、信じている、と。


 彼には、彼女の気持ちが理解できた。

 そして、彼女が従えていたものは、彼の従えているものとは違い、彼女の望みをかなえることが出来る事も知っていた。

 だから、彼女が望み、何も言わずにその地を放棄したことを責めなかった。


 だが。

 だが、炎を見るたびに思う。

 争いの炎を見るたびに、これで、良かったのか、と。

 しかし、彼の中の彼女はいつも答える。

 私は、信じている、と。

 その気持ちも、彼にはわかる。

 なぜなら、彼も、信じているからだ。


 後にヤマタイ国と言われる国は、魔王が倒され、人々の生活が安定してしばらくして滅びた。

 最初は、火巫女の帰りを待ち続けるものと、火巫女の時代は終わったのだと言うものとの間で争いが起こった。

 火巫女を頼り、待ち続けた者たちは、自らの足で立ち、新たな時代を歩み始めた者たちによって、国とともに滅びた。

 その後は、オホノの書く歴史書の通りだ。よく調べたと思う。多少の違いは確かにあるが、それは、彼が面白半分に物語る伝説よりも、余程正確だった。

 彼は、その歴史を全て見た。

 彼女の判断が、間違っていたのか、正しかったのか、その答えを知るために。

 終わりが見えぬ戦乱は、彼女の出した答えを否定しているかのように見えた。しかし、彼らは確かに自分たちの手で歴史を、国を築いていた。


 彼女は、平和を求めていたのではない。

 彼女は、大切な地の、大切な人が、自らの意思で生き、誇り高き歴史を築いていく事を願っていたのだ。

「ヒミコ様は、御伽噺の英雄らしい」

 もう、どの世界にも居なくなった人へ、彼は語りかける。

「ヒミコ様は彼らの信仰じゃない。彼らは、彼ら自身を信じて、生きている」

 彼らの住む地と国を誇りに思い、自身も大切なものたちに誇れるだけの事を成して。

「これが、答えなんだろ」

 彼は、どこにもいない彼女へ笑いかけた。

「よかったな」

 暖かな風が駆け抜ける。

 その風が、彼女の微笑みのように感じた。

 人気投票で1位、ついでにベストシーンでも1位にになりました「ラスの話」です。

 ……ラスの話……ですよね? 「ラスの話」と言う話な気もしないでもありませんが

 おめでたい記念なんですから、もっとおめでたい話でも良かったはずなのに、なぜか、こんな話に。いや、本当は、もっと暗い話になる予定だったので、(戦乱が終わっている分)まだマシなのですが。

 一応、蛇足のようにヨウとの絡みも出しました。フェイは、未来の話になると、彼に語らせるのが一番妥当なので、出張っちゃっています。

 こんな、本題の斜め上をいったような話ですが、楽しんでいただけたら幸いです。

2006/12/24 朝来みきひさ